まことしやかな恋
おもむろに、彼の指先が首元を引っ掻く。皮膚に赤い線が走り、爪が絆創膏を剥がした。
「──アンタの恋人にキスされて、運命の人にされて、困ってんのは俺の方なんだけど?」
淡いピンク色のハートマーク。
喧嘩を売るような嫌味ったらしい物言いだが、事実でしかない言い分に、私は否定の言葉を持てない。自覚して、はっきりと覚悟を決めたからこそ、後ろめたい気持ちに襲われた。
「……」
嗣海の顔から、穏やかな笑みが消える。
微かに動揺で目を見開いた様子から一転、剣呑な眼差しで鞍馬 大和を射抜いた。
「へぇ、余裕なさそうじゃん。さっきまであんなに偉そうに大人ぶってたのに」
「……」
「残念だけど、アンタの恋人、アンタと運命じゃねぇよ。無駄な時間だったね、ご愁傷さまー」
ただ、相手を怒らすための言葉選び。
本当に、鞍馬 大和は子どもだ。構ってほしい幼い子がやるような幼稚なソレ。彼の言葉や行動に反応したところで、喜ばせるだけ。
だから無視していたのだけど、それすらも、今は間違いだったと思う。
鞍馬 大和から視線を外し、嗣海を見上げた。鋭い空気は鳴りを潜め、どこか迷子の子どもみたいに、呆然と瞳の奥をゆらゆらと揺らして佇んでいる姿に、驚いてしまう。何でそんな顔……。
予想よりも酷い状況に、さっさとケリをつけようと口を開く。
──しかし、電子音が秋の空気と私たちを切り裂いた。
「……ごめん、職場から」
タイミングは最悪。でも、仕方ない。
仕事の電話を取らないわけにもいかず、その場を離れようとする嗣海に頷いた。
「心配しないで。大丈夫、ちゃんと全部話す」
「……うん」
「待ってるね」
遠ざかる背中を見送る。
力なく、とぼとぼと歩く姿に、胸が痛んだ。