Oh! My リトルマーメイド
 終業後の居酒屋。明るい笑い声を上げるのは海帆の同僚、吉岡明莉だ。
 涙を流して笑い転げる同期を睨み付け、海帆はエイヒレをつまむ。
「笑ってろ」
「ごめんごめん、ちょっと面白くて。なんかエレベーターホールで二人して固まってるな~て思ってたからさ、なに話してんだろって」
 うくくく、と明莉は喉を震わす。
 海帆はふんと鼻をならしてハイボールを煽った。
「言っとくけど、その後すぐに『ごめんなさい、あなたの名前って男の人みたいで。よく見たら女の人だわ! あたしちょっと目が悪いから』て言ってたから」
「いやいやいやいや、苦しい、苦しい言い訳だよ、それは。あのお客様、明らかにあんたを見る目が輝いてたもの。きっと惚れられたよ。好かれちゃったわね~」
「それは別に構わないよ。数あるホテルの中から、うちを選んで頂いたのだから、よき思い出の一部になれるなら喜んで」
 もろキューをかじりながら、海帆は窮屈そうに足を組み直す。
 職場近くの海鮮を出してくれる居酒屋は、入社当初から行きつけている、お気に入りの店なのだが、テーブルと椅子が小造なのが少々ネックではある。
 長い足を斜めに投げ出す海帆を見て、明莉はわざとらしくため息をついて首を振った。
「まったく、見た目もだけど言うことも仕種もこうハンサムじゃね、惑わされる人が増えるのも仕方ないわね」
「ハンサムかな? ただ背が高いだけでしょ。声も低いけど」
「いやいや、あんたハンサムだよ。性格がハンサム」
 なんだそれ、とぼやいて海帆はバカ盛りの唐揚げに箸を伸ばす。すでに山は半分以上減っていて、そのほとんどが海帆の胃へと収まっていた。
 明莉は恐ろしいものを見る目で、パクつく海帆を見つめた。
「揚げ物よくそんなに食べられるわね。肌とか脂肪とか気にならない?」
「食欲だけは落ちないのよね、小さい頃から。バレーは辞めちゃったけど、空手はまだ時々やってるし」
「あたしも空手やろうかな」
「護身術になるし、いいんじゃない? 体型維持できるよ」
 最後の唐揚げを平らげ、そろそろ締めの海鮮茶漬けを頼もうかと注文パネルに手を伸ばした時、海帆のスマホが鳴った。
 画面に写し出された母親美帆子の表示に、海帆はしまったと顔をしかめた。
「今日、実家帰る約束だったんだ。ごめんもう帰る。これ置いてくね」
「え、ちょっと……」
 テーブルに一万円札を置き、海帆は慌てて店を出て、鳴り続けるスマホに出る。
「もしもし」
『今どこにいるの? 今日帰るんでしょ?』
「友達と飲んでた。もう帰るよ」
『気を付けなさいね。とにかく早く帰ってらっしゃい。もうすっごいニュースがあるんだから!』
 珍しく興奮しているのか、美帆子ははしゃいだ声だった。
 なんかいいことでもあったのかな、と思いながら「すぐに帰るよ」と海帆は言い、帰路を急いだ。

< 2 / 14 >

この作品をシェア

pagetop