Oh! My リトルマーメイド
「夕飯は?」
「いらない、食べた」
 久しぶりの実家のソファに寝そべり、海帆はなにもしなくていい待遇を満喫する。傍らには愛猫のジー。これ以上のリラックスタイムはない。
「梨剥いたわよ、食べる?」
「食べる」
 母親というのは、どうして子供が「いらない」と言ってるのに食べ物を与えようとするのだろう。不思議だが、好物を出されてあっさりと思い通りに動かされてる時点で、相手の方が上手ということだ。
「すごいニュースってなに? さっき電話で言ってたけど」
 梨をかじりながら聞くと、美帆子は目を輝かせて自分のスマホを取り出した。
「あんたメグさんて覚えてる? ほら台湾にいた時にお世話になった蔡恵君(ツァイフェンジュン)さん。メグさん!」
「覚えてるよ。お隣に住んでた人だよね」
「お母さんFacebook始めたでしょう? そしたら繋がったの! メグさんと!」
「マジ⁉」
 マジよマジ! と見せてくれた美帆子のスマホの画面、Facebookの友達一覧には、見覚えのある優しい笑顔を浮かべた女性の画像があった。
「うわあ、メグさんだ。懐かしい~」
「でしょー。お母さんびっくりしちゃったわよー。メグさんからメッセージが来たのよ、突然。最初は半信半疑だったんだけど『福の子は元気か?』て聞かれて確信したわ」
 福の子と聞いて、海帆は一気に五歳の頃の記憶が甦った。
 海帆が生まれてすぐに父の仕事の都合で台湾に渡った海帆たち家族は、住んでたマンションのお隣さん(スン)さん夫妻と仲良くなった。特に妻のメグさんは海帆のことを可愛がってくれて、海帆は五歳で日本に帰るまでよくお隣の家で遊ばせてもらっていたのだ。
「あんたメグさんに凄くよくしてもらったのよ。覚えてる?」
「覚えてるよ。福の子って可愛がってもらったな」
 福の子とは、メグさんとその家族によく呼ばれていた名前だ。
 孫さん夫妻は若い夫婦だったのだが、結婚して三年たっていて子供がいなかった。母の美帆子は二歳になる姉の帆波(ほなみ)と生後間もない海帆を抱え、初めての慣れない海外生活に四苦八苦していた。しかも姉の帆波は体が弱い上に、妹が生まれて赤ちゃん返りをしてしまい、母親にべったりしがみついて離れない有り様で、美帆子はほとほと困り果てていたという。
「そんな時メグさんがねー、見かねて言ってくれたんだと思うけど、あんたのお世話をさせてくれないかって言ってくれたのよね」
 子供ができない女の人は赤ん坊の世話をすると妊娠しやすくなると言われてるそうで、メグさんは熱心に言ってくれたらしい。美帆子も病気になりやすい姉に専念できるので少し迷ったが、大丈夫だろと言う父航一郎の一声もあり、お願いしたのだそうだ。
「そしたら見事に半年後ぐらいにメグさん妊娠したのよ。こんなことあるんだってお母さんびっくりしたわ」
 びっくりしたのは孫さん夫妻もだった。大変な喜びようで、それぞれの家族がお祝いに駆けつけ、孫さん夫妻となぜか海帆までも祝福された。特にメグさんの母親は海帆のことを殊の外可愛がり、身重になったメグさんと一緒に引き続き海帆の面倒も見てくれたのだそうだ。
 その可愛がりようは実の孫のようで、海帆の一歳の誕生日を取り仕切るほどだったという。
「お母さん達はあんたの誕生日に招かれる側だったのよ〜」
 美帆子が苦笑する。記憶はあいまいだったが、とてもパワフルなおばあさんだったことを海帆は覚えていた。
 そして迎えたメグさんの出産。生まれたのは男の子だった。
 待望の第一子。しかも男の子だということで、それはもうお祭り騒ぎだったそうだ。
 海帆は福の子福の子ともてはやされ、生まれた子には海帆の名前から一字を取り、世海(シーハイ)と名付けられた。
「メグさんが美人さんだったからね、世海くんも綺麗な男の子だったわね」
 あんた達、仲良かったのよ〜という母親の言葉に、海帆は色白のちんまりとした人形のように可愛らしかった男の子を思い出した。
「覚えてる。よく一緒に遊んだな。世海くんは何してるの? 元気にしてる?」
「なんと今は台湾で俳優さんやってるって! エリック・スンって名前で!」
「マジで!」
「マジよ!」
 再度、美帆子が見せてくれたスマホには、中性的な雰囲気のやたら綺麗な顔立ちをした男性の画像が映し出されていた。
「うわーこれ世海くん? すごく綺麗になったね。言われなかったら、分かんなかったかも」
「そお? 目つきとかそのまんまじゃない」
 しばらく母娘であーでもないこーでもないと、人様の息子さんの特徴を並べ立てていたら、ピコンと美帆子のスマホのお知らせ音が鳴った。
「あら、メグさんからだわ。『海帆と話しはできたか?』だって。なんて答える?」
「元気にしてますよ〜て送って。また会えて嬉しいですって」
「はいはい」
 美帆子がメッセージを送ると、秒で返信が返ってきた。どうやら美帆子よりもメグさんの方がFacebookを使いこなしているようだ。
「あんたの写真が見たいって」
「えー」
「世海くんにも見せるみたいよ」
「マジか〜」
 仕事終わり、酒を飲んだし唐揚げも食べてる。宣材写真だろうけど、幼馴染の非の打ち所のない完璧な写真を見た後なので、できれば明日以降のきちんとメイクをした直後にしてほしいが、美帆子のスマホにはピコンピコンとメッセージが立て続けに届いている。
「相当あんたのこと見たいのね。いいじゃない、顔のテカリなんてそんなに目立たないわよ」
「今のスマホ画像の解像度バカになんないから。ちょっと待って、脂だけ取らせて」
 手近にあったティッシュを取って額に当ててると、美帆子が何やらメッセージを送ってる。
「海帆は今あせって顔の脂を取ってます、て送っておいた」
「やめてよー」
 文句を言いながら海帆はくすくすと笑う。懐かしい人たちと再び交流できることに少しだけ高揚してる。
「メグさん、びっくりするんじゃない? あんたの変わりようを見て」
「それ酷くない?」
「だって小さい頃のあんた、むちゃくちゃ可愛い格好ばっかりさせられてたのよ。リボンとかフリルとか大好きでね、絶対にズボンなんて履かせなかったんだから、メグさんは。髪が癖毛でくるくるになっちゃうのを上手にまとめてたしね~」
 お母さんやってみたけど、無理だったわー。
 昔話に花が咲く美帆子に相槌を打ちつつ、海帆は涙ぐましくメイクを直す。
「あんた、日本に帰ってきてすぐに髪切っちゃったんだもん」
「お母さんがバレーボールクラブに入れたんじゃん。スポーツするのに長い髪は邪魔でしょ」
「だってあんたよく食べたから、ぷくぷく太ってきちゃって。これは大変!てなんでもいいからスポーツをやらせたら大学までバレー続けちゃってさ。髪は伸ばさないし、部活で張り上げてたから声はかすれて低くなってるし、背ばっかり伸びるからやたら男前に育つし」
「いいじゃない。お陰でお客様のウケはいいんだから。はい、できたよ。これ以上はよくならないからさっさと撮っちゃって」
 ティッシュオフをして髪型も整えて、海帆は母親が構えるスマホに微笑みかけた。撮られた画像はリラックスしたいい表情だったので、送信の許可を出す。
 すぐにまた返信が来た。
「すごくハンサムになったわね! だって」
 爆笑する母親を尻目に、まあそういう反応だろうなと海帆も笑った。

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