恋煩いの処方箋
「母さんは?」
「第一声がそれか? 今日は連れて来なかった。この後予定があると言っただろう」
でも、亜子との顔合わせだったのに。申し訳なく思い、「ごめん」と謝る。すると、小声で「大丈夫」と言ってくれる。
「有馬先生、ご無沙汰しております」
亜子は立ち上がり、父に向かって頭を下げる。
「久しぶりだね、亜子ちゃん。いやもうそう呼ぶのは失礼かな」
「いえ、そんな」
「ご両親はお変わりないですか?」
「はい。父も母も変わりありません。先生によろしくと申しておりました」
穏やかに話す父を見て俺はホッと胸を撫で下ろす。亜子の緊張も和らいでいるように見えた。
父は向かい側に座り、やってきたフロアスタッフにコーヒーを注文する。
「大和から聞いたが、亜子さんには子供がいるんだね」
「はい。和花と言います。今年で六歳になりました」
亜子は笑顔で答える。けれど父の表情は硬い。俺は一抹の不安を覚える。
彼女と娘の話をした時、否定も肯定もされなかった。ただ淡々と事実のみを聞いてきた感じだった。まるで、患者の問診をするときの様に。
「その子は本当に大和の子ですか?」
一番聞いて欲しくなかったことを父は口にする。亜子の反応を見るよりも早く俺は反論した。
「父さん! なんて事言うんだよ。のんちゃんは俺にそっくりだし、そもそも亜子が嘘をつくわけがないだろう! 彼女に謝れよ‼︎」
声を張り上げてしまったせいで、周りの視線が痛い。でもそんなことはどうでも良かった。彼女を愚弄することは父親であっても許せない。
「大和、ありがとう。私は大丈夫だから少し落ち着いて」
亜子はそう言って俺の背中に手のひらを当てる。そして、真っ直ぐに父を見て言う。
「有馬先生。和花は大和との子供です。妊娠したことも伝えずに私の判断で勝手に産んだことは申し訳なかったと思っています」
静かに頭を下げると、また話し始める。その横顔は強くて美しい母親の顔をしていて、俺が口をはさむ余地など微塵もありはしなかった。
「当時の私は妊娠が分かった時ひとりで育てていく覚悟でいました。それは今も変わりありません。ですが、大和と再会して娘も彼になついて、みんなで過ごす時間がとても幸せで、彼と家族になりたいと思いました。どうか、結婚の許しをいただけないでしょうか?お願いします」
亜子の手は震えていた。俺は「ありがとう」そう彼女に言ってその手を上から包むように握る。