一夜の過ちのはずが政略結婚相手の社長に溺愛されています
「大丈夫ですか!」

管理会社の人の声に、現実に引き戻される。

社長は静かに腕を離した。

私は立ち上がって、かけられていたジャケットを外す。

「……ありがとうございました」

そっと差し出すと、社長は一瞬だけ私を見て、

「ああ……」

短くそれだけ言って、受け取った。

それ以上の言葉はない。

さっきまでの距離が、嘘みたいに遠く感じる。

(……やっぱり、そうだよね)

あれはただの状況で。

特別な意味なんて、何もない。

分かっていたはずなのに。

それでも――

胸の奥に残った温もりだけが、消えてくれなかった。

好きな人とは結ばれない。

分かっているのに、その現実は、思っていたよりずっと重かった。

父の言葉が、何度も頭の中で繰り返される。

結婚は決まった。相手は取引先の社長。
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