一夜の過ちのはずが政略結婚相手の社長に溺愛されています
釘を刺すような声。

「はい……」

小さく頷く。

それが、私の役目だから。胸の奥が、じわじわと痛む。

(あの夜のことは……忘れないと)

思い出してはいけない。あれは、ただの過ち。

一度きりの、終わったはずの出来事。

それなのに――ふとした瞬間に、あの温もりが蘇る。

名前を呼ばれたときの声。優しく抱きしめられた感触。

(……ダメ)

ぎゅっと手を握りしめる。

私はこれから、別の人と結婚する。

そう決まっている。どんな人なんだろう。

取引先の社長。父が満足するような人なら、きっと優秀で、申し分ない相手なんだろう。

(……社長よりも)

そこで思考が止まる。比べるなんて、意味がないのに。

(社長よりも、素敵な人だったら……)

そんな人がいたら。

そしたら、少しは――この気持ちを忘れられるのだろうか。
< 17 / 25 >

この作品をシェア

pagetop