一夜の過ちのはずが政略結婚相手の社長に溺愛されています
胸の奥に残ったままの想いを、なかったことにできるのだろうか。

「……綾音」

父に名前を呼ばれて、はっと顔を上げる。

「姿勢を正せ」

「……はい」

慌てて背筋を伸ばす。

そのとき、コンコン、と控えめなノックの音がした。

空気が一瞬で張り詰める。

「どうぞ」

父の声に応じて、ドアがゆっくりと開く。

「遅くなりました」

聞き慣れた声に、胸が大きく跳ねる。

顔を上げることができないまま、私はぎゅっと膝の上で手を握りしめた。

「いや、我々も今来たところだ」

父が穏やかに応じる。

足音が近づいてきて、向かいの席に誰かが座る気配がした。

分かっているのに、直視できない。

そんなはず、ない。

「初めまして。藤宮綾音です」

震えそうになる声を必死に抑えて、形式通りの挨拶を口にする。
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