一夜の過ちのはずが政略結婚相手の社長に溺愛されています
その日も、書類の回収で廊下を歩いていたときだった。

角を曲がった瞬間、誰かとぶつかりそうになって、慌てて足を止める。

「あ、ごめん」

柔らかい声。顔を上げると、そこにいたのは――九条社長だった。

「い、いえ……!」

思わず背筋が伸びる。近い。思っていたよりずっと。

「大丈夫?」

軽く首を傾げて、私の顔をのぞき込む。

「は、はい……」

心臓がうるさい。こんな近くで話すなんて、思ってもみなかった。

「……あれ、藤宮さんだよね」

名前を呼ばれて、息が止まる。

「はい……!」

「総務の。いつも丁寧に処理してくれてるって聞いてるよ」

ふっと、優しく笑う。

それだけで、胸の奥がぎゅっとなる。

「いえ、そんな……」

何を言ってるのか分からなくなる。

ただの事務の私を、覚えてくれてるなんて思ってなかった。

届くはずのない恋だと分かっているのに。

それでも私は、九条蒼真に惹かれていた。
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