一夜の過ちのはずが政略結婚相手の社長に溺愛されています
そこには、見知らぬ名前と会社名。

もう、話は進んでいるのだと理解させられる。

「お前も分かってるだろう。これは悪い話じゃない」

返事ができない。喉が詰まって、声が出ない。

父の言っていることは、きっと正しい。

会社のため。家のため。

それが私の役目なんだって、ずっと分かっていたはずなのに。

――どうしてこんなに苦しいんだろう。

頭に浮かぶのは、あの人の顔だった。

優しく名前を呼んでくれた声。

ふっと笑ったときの表情。

(……九条社長……)

胸が、ぎゅっと締めつけられる。

叶うはずのない恋だって分かっている。

結局、私は何も変えられない。父の前では、ただ従うしかない。

好きな人がいても、関係ない。想っているだけじゃ、何も守れない。

私は――

「……分かりました」

絞り出すようにそう言うしかなかった。

それが、藤宮家の娘としての“役目”だから。

胸の奥で、何かが静かに崩れていく音がした。
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