契約恋人のはずでしたが社長に溺愛されて離してもらえません
社長室のドアをノックする。

「ああ、入れ」

中に入ると、社長はデスクから顔を上げた。

「結論が出たのか」

無駄のない問い。

「はい」

私は一歩前に進む。

ほんの一瞬だけ、言葉を選ぶように間を置いて——。

「受けてみようと思います」

静かに告げる。

その瞬間、社長の視線がわずかに変わった気がした。

「……そうか」

短く返される。

「条件は問題ないか」

「はい。確認済みです」

それ以上のやり取りはない。

ただ、契約が成立した——それだけのはずなのに。

「では、今日からだ」

淡々と告げられる。

「……今日から、ですか?」

思わず聞き返す。

「ああ。時間は無駄にしない」

——これは、ただの契約。

そう思っているのに。

なぜか、戻れない場所に足を踏み入れたような感覚だけが、静かに胸に残っていた。
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