恋が終わっても、人生は続いていく

第9話:離れる時間

「来週から、少し出張入る」

何気ない顔で、蓮はそう言った。



「……出張、ですか?」

手にしていたペンが、わずかに止まる。



「ああ」

短い返事。



「どれくらいですか?」



「まだ未定だな」



(未定……)



胸の奥が、少しだけざわつく。



「そうなんですね……」

なんとか、普通の声で返す。



彼は特に気にした様子もなく、

パソコンに視線を戻した。



(なんでだろう)



ただの出張。

珍しいことじゃない。



それなのに。



(嫌だな……)



そんな感情が、浮かんでしまう。



「不安か」



「え……?」

顔を上げる。



彼は、こちらを見ていた。



「少し、寂しそうな顔してる」



(そんな顔、してた?)



慌てて、視線を逸らす。



「そんなことないです」



「そうか」



それ以上、追及はされない。



でも。



(なんでわかるの……)



少しだけ、悔しい。



そして同時に、

嬉しい。



(見てくれてる)



その事実が、

また心を揺らす。



「すぐ戻る」



「……はい」



その一言で、

少しだけ安心する。



でも。



(本当に?)



そんな考えが、

消えない。





その日の帰り道。



「次、いつ会えるかわからんな」



ぽつりと、彼が言う。



「……そうですね」



並んで歩きながら、

少しだけ距離を感じる。



まだ隣にいるのに。



もう少し先のことを考えて、

寂しくなる。



(こんなの、ダメなのに)



依存してるみたいで、

嫌なのに。



「連絡はする」



「……はい」



「忙しくても、返せるときは返す」



その言葉に、

少しだけ笑ってしまう。



「義務みたいですね」



「違う」



即答だった。



「したいからする」



その言葉に、

胸が強く鳴る。



(そんなこと言うから……)



また、

期待してしまう。





マンションの前。



「……気をつけてくださいね」



自然と、その言葉が出た。



「大丈夫だろ」



軽く笑うような声。



でも。



(大丈夫じゃない気がする)



根拠はない。

でも。



どうしても、

そう思ってしまう。



「……ちゃんと、帰ってきてくださいね」



少しだけ、

声が弱くなる。



彼は、一瞬だけこちらを見た。



「当たり前だ」



それだけ言う。



でも。



その一言が、

やけに遠く感じた。





部屋に戻る。



静かすぎる空間。



さっきまで一緒にいたのに。



急に、

一人になった気がする。



(変なの……)



まだ、いなくなったわけじゃない。



ただ、

少し離れるだけ。



それなのに。



胸の奥が、

ざわざわする。





(やっぱり、ダメだ)



こんな風に、

誰かを想うのは。



(また……)



嫌な予感が、

消えない。





ベッドに座る。



スマホを見る。



何も来ていない。



当たり前なのに。



少しだけ、

寂しいと思ってしまう。





(……やめよう)



これ以上、

期待しない。



これ以上、

好きにならない。





そう決めたはずなのに。



心は、もう。



離れる準備なんて、

できていなかった。
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