恋が終わっても、人生は続いていく

第10話:電話

夜だった。

部屋の中は静かで、

時計の音だけがやけに響いている。



(遅いな……)



何度目かの、同じ思考。



出張に行ってから、三日。

連絡は、少しだけ来ていた。

短いメッセージ。

「着いた」
「今日は遅くなる」

それだけ。



(忙しいんだろうな)

そう思う。

理解しているつもりだった。



でも。



(声、聞きたいな)



スマホを手に取る。

画面を見つめる。



連絡、してもいいのかな。

迷う。



(迷うくらいなら、やめよう)



そう思って、

画面を閉じようとした、そのとき。



着信。



知らない番号だった。



(誰……?)



一瞬、ためらう。

でも。

なぜか。

胸がざわついた。



(嫌な予感……)



指先が、少し震える。



ゆっくりと、

通話ボタンを押す。



「……はい」



声が、少しだけ掠れる。



『――○○警察署ですが』



その一言で、

時間が止まった。



(……え?)



『お知り合いに、蓮さんという方はいらっしゃいますか』



耳に入ってくる言葉が、

うまく理解できない。



「……はい」



自分の声なのに、

どこか遠くで聞こえる。



『本日、交通事故に遭われまして――』



それ以上、

何を言われたのか、

よく覚えていない。



言葉が、

途中から、

音にしか聞こえなくなる。



事故。

病院。

重体。



断片的な言葉だけが、

頭の中に残る。



「……嘘」



小さく、呟く。



現実感がない。



(そんなわけない)



さっきまで、

普通に。



「大丈夫だろ」って、

言ってたのに。



(帰ってくるって)



言ってたのに。



『――すぐに来ていただけますか』



「……はい」



気づけば、

そう答えていた。





外に出る。



夜の空気が、

やけに冷たい。



どうやって歩いたのか、

覚えていない。



どうやって電車に乗ったのかも、

覚えていない。



ただ、

病院へ向かっていた。





白い建物。

明るすぎる照明。



受付で名前を言う。



案内されるまま、

歩く。



長い廊下。



足音だけが、

やけに響く。





「こちらです」



扉の前で止まる。



手が、震える。



(開けたら)



その先に、

現実がある。



(見たくない)



でも。



逃げられない。





ゆっくりと、

ドアを開ける。



白い部屋。



静かな機械音。



ベッドの上に、

横たわる人。





「……蓮、さん」



声が、

出ない。



近づく。



顔を見る。



目を閉じている。



動かない。



「……なんで」



言葉にならない。



手を、伸ばす。



触れる。





冷たい。





その瞬間。



すべてが、

理解できてしまった。





(まただ)



頭の中で、

同じ言葉が響く。



(私が好きになったから)



高校のときも、

そうだった。



今回も。



(私が、好きになったから)





「……嘘でしょ」



何度も、呟く。



「起きてください」



「ねえ……」



呼びかける。



でも。



返事は、

返ってこない。





その手を、

握る。



もう一度。





冷たい。





(いなくなる)



やっぱり。



(いなくなる)





涙は、

出なかった。



ただ。



何かが、

完全に壊れた音だけが、

心の奥で響いていた。





世界が、

止まった。
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