恋が終わっても、人生は続いていく

第2話:距離バグ



「先輩、それ俺やりますよ」

背後から、ひょいと資料を取られる。



「……え?」

振り返ると、玲央がすでにページをめくっていた。



「これ、面倒なやつですよね」

さらっと言いながら、ペンを走らせる。



「大丈夫よ、自分で――」

「いや、いいっす」

被せるように言う。



その距離が、近い。



横に立っているだけなのに、

なぜか空間を全部持っていかれる感じがする。



(まただ……)



この子は、

遠慮がない。



でも。



「……ありがとう」

そう言ってしまう自分がいる。



「どういたしまして」

軽く笑う。



そのまま、

当たり前みたいに隣に座る。



(普通、座る?)



新人が、

こんな風に。



でも彼は、

気にした様子もない。



「先輩、コーヒー飲みます?」



「え?」



「ついでに淹れるんで」



「……お願いしようかな」



「了解」



立ち上がると、

すぐに給湯室へ向かう。



(なんなの、この子)



違和感しかないのに。



なぜか、

全部が自然に流れていく。





「はい」

差し出されたカップ。



「ありがとう」

受け取ると、

ふわっとコーヒーの香りが広がる。



一口飲む。



「……美味しい」



「でしょ」



少しだけ、

得意げに笑う。



その表情に、

一瞬だけ見惚れそうになる。



(……危ない)



視線を逸らす。





「先輩ってさ」



「なに?」



「ちゃんとしてますよね」



「どういう意味?」



「ちゃんと仕事して、ちゃんと距離取って」



言いながら、

じっとこちらを見る。



「そう?」



「俺、そういうの苦手なんですよね」



「……見てればわかるわ」



思わず言うと、

くすっと笑う。



「バレてます?」



「ええ、だいぶ」





そのとき。



玲央のスマホが、

テーブルの上で震えた。



画面が、

一瞬だけ見える。



女性の名前。



見覚えのない名前。



(……彼女?)



考えた瞬間。



なぜか、

少しだけ胸がざわつく。





玲央は、

それをちらっと見て、

そのまま無視した。



「出なくていいの?」



「いいっす」



あっさり。



「いいの?」



「どうでもいい人なんで」



軽く言う。



(どうでもいい……)



その言葉に、

引っかかる。





(そういう言い方、するんだ)



少しだけ、

温度が変わる。





「先輩は?」



「え?」



「連絡来たら、すぐ返すタイプ?」



「……内容によるわね」



「へえ」



また、

じっと見られる。





「先輩、優しそうだから」



「……なにそれ」



「頼まれたら断れなさそう」





図星だった。



少しだけ、

言葉に詰まる。





「そういうとこ、好きですよ」





「……は?」



思わず、声が出る。





でも彼は、

何でもない顔で、

コーヒーを飲んでいる。





(今の、何?)



軽い。



あまりにも軽すぎる。





冗談?



それとも。





(わからない)





でも。



その一言が、

頭に残る。





好き。





そんな言葉、

こんな距離で、

簡単に言う?





(危ない)



また、

同じ感覚。





距離が、

おかしい。





でも。



その違和感が、

完全に嫌だとは、

思えなかった。





むしろ。





(……なんでだろう)





少しだけ、

心が動いている自分がいた。
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