恋が終わっても、人生は続いていく

第3話:家がない男

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「先輩んちって、どの辺なんですか」

何気ない会話の延長みたいに、玲央が聞いた。

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「急に何よ」

書類から目を上げずに返す。

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「いや、なんとなく」

軽い声。

いつも通り。

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(なんとなく、で聞く?)

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少しだけ警戒する。

でも。

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「この辺から電車で二駅くらいよ」

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「へえ、近いっすね」

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「そう?」

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「帰り、方向一緒かも」

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それだけ言って、

またパソコンに視線を落とす。

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(……ほんとに?)

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違和感はあるのに、

会話は流れていく。

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その日の帰り。

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「先輩、今日一緒に帰ります?」

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当たり前みたいに言われる。

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「……いいけど」

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少しだけ間を置いて、答える。

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(断る理由、ないし)

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そう思ってしまった時点で、

もう少し踏み込んでいる。

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夜の街。

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並んで歩く。

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前よりも、距離が近い。

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自然と。

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(慣れてきてる……)

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そう思った瞬間、

少しだけ怖くなる。

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「先輩んち、この辺?」

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「そう」

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マンションの前で立ち止まる。

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「ここ」

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「いいとこっすね」

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「普通よ」

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何気ない会話。

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でも。

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そこで、終わると思っていた。

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「……上、行っていいですか」

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「……は?」

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思わず、顔を上げる。

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玲央は、いつも通りの顔で立っていた。

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「ちょっと話したいことあって」

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軽い。

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あまりにも、軽い。

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「無理よ」

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即答だった。

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当たり前。

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そんなの、

許すわけがない。

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「そっすか」

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あっさり引く。

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その反応が、

逆に引っかかる。

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「じゃあ、また今度でいいや」

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「……今度もないわよ」

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「えー」

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軽く笑う。

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(なんなの、この子)

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普通じゃない。

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距離感も、

言ってることも。

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「冗談ですよ」

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「……冗談に聞こえない」

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「すみません」

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謝るくせに、

全然悪びれてない。

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少しだけ沈黙。

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そのあと。

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「俺、家ないんで」

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「……は?」

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また、思わず声が出る。

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「正確には、決めてないだけですけど」

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「どういうこと?」

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「いろんなとこ泊まってるんですよ」

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(いろんなとこ……?)

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「友達のとことか」

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「……」

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「女の人のとことか」

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その言葉で、

空気が一瞬だけ変わる。

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「……そう」

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できるだけ、

感情を出さないように答える。

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「気楽でいいですよ」

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「……そういう問題じゃないでしょ」

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思わず言ってしまう。

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「先輩は真面目っすね」

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「普通よ」

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「俺は無理だなあ、そういうの」

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価値観が、

違いすぎる。

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(やっぱり無理)

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そう思う。

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この人とは、

ちゃんと関わっちゃダメだ。

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なのに。

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「……なんで?」

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気づけば、聞いていた。

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「なんで、そんな生活してるの?」

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玲央は、少しだけ考えるようにしてから、

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「楽だから」

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と答えた。

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「一つに決めると、面倒じゃないですか」

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(面倒……)

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「誰かとずっと一緒とか、向いてないんで」

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その言葉が、

胸に少し刺さる。

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(ああ、この人)

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誰のものにもならない人だ。

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はっきり、わかる。

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関わったら、

絶対に苦しくなる。

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「……じゃあ」

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少しだけ間を置いて、

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「彼女とか、作らないの?」

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「作らないですね」

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即答だった。

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「必要ないんで」

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迷いがない。

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その言葉で、

全部がわかる。

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(やめとこう)

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この人は、

違う。

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深入りしちゃダメな人。

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そう思った。

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なのに。

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「先輩のとこは、ちょっと落ち着きそうですけど」

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「……え?」

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ふと、落ちた言葉。

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「なんとなく」

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軽いトーン。

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でも。

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(何それ)

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胸が、

少しだけ揺れる。

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(そういうこと、言うから)

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危ないのに。

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わかってるのに。

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完全には、

離れられなかった。
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