恋が終わっても、人生は続いていく

第4話:一線



「……送る」

その一言が、すべての始まりだった。



仕事終わり。

いつものように、並んで歩く帰り道。



「別に大丈夫よ」

そう言ったのに。



「同じ方向なんで」

軽く返される。



結局、

断りきれなかった。



(まただ)



距離が、少しずつ近くなる。



意識しているのは、

きっと自分だけ。





マンションの前。



「ここでいいわ」

足を止める。



「……はい」

玲央も止まる。



沈黙。



いつもなら、ここで終わる。



「じゃあ――」

そう言って、

別れるはずだった。





なのに。





「ちょっと、飲みません?」



「……え?」



唐突な提案。



「コンビニで買ってきて、軽く」



軽い口調。



いつもと同じ。





(ダメでしょ)



頭では、すぐにそう思う。



こんな時間に。

男を。

部屋に。





(ありえない)



普通なら、断る。



絶対に。





でも。





「……少しだけよ」



気づけば、そう答えていた。





(何やってるの、私)



自分で、自分に驚く。





部屋のドアを開ける。



誰かを入れるなんて、

久しぶりだった。





「お邪魔します」



自然に入ってくる。



まるで、

何度も来たことがあるみたいに。





(ほんとに、何この子)





テーブルに並べる、

簡単なお酒とつまみ。



「意外とちゃんとしてる」



「どういう意味?」



「もっと殺風景かと思ってた」





軽く笑う。





(やっぱり、距離おかしい)





二人で座る。



近い。



この空間に、

二人だけ。





少しだけ、沈黙。





「先輩って」



「なに?」



「こういうの、あんまりしなさそうですよね」





図星だった。





「……しないわよ、普通は」





「ですよね」





でも。





「なんで今日はいいんですか?」





その問いに、

言葉が詰まる。





(なんで……)





わからない。





ただ。





「……気分」





そう答えるしかなかった。





玲央は、

少しだけ笑った。





「じゃあ、ラッキー」





その言葉に、

また少しだけ揺れる。





お酒を一口。



少しだけ、強い。





「顔、赤いっすよ」





「うるさい」





そう言いながら、

少しだけ笑ってしまう。





距離が、

近くなる。





自然に。





(ダメ)



そう思うのに。





離れない。





「先輩」





名前を呼ばれる。





その距離で。





目が、合う。





逸らせない。





「……何」





声が、少しだけ低くなる。





玲央は、

何も言わないまま、

少しだけ近づいた。





(来る)





わかる。





止めなきゃ。





止めないと。





でも。





動けない。





(どうして)





そのまま。





触れられる。





一瞬だけ。



軽く。





でも。





それだけで、

全部が変わるには、十分だった。





「……嫌ですか」





低い声。





「……嫌じゃ、ない」





それが答えだった。





そのまま、

距離が消える。





理性が、

ほどけていく。





(ダメだって、わかってるのに)





止まらない。





その夜。





一線を越えた。





朝。





シャワーの音。





水音が止まる。





少しして。





「……先輩」





振り返る。





タオルを肩にかけたまま、

玲央が出てくる。





濡れた髪。



無防備な姿。





(……何これ)





視線を逸らす。





「見すぎ」





「見てない」





軽く笑う声。





まるで、

何事もなかったみたいに。





でも。





(戻れない)





もう、

昨日までの距離には。





戻れない。





わかってる。





これは、

始まりじゃない。





終わりの始まりだ。





それでも。





もう、

遅かった。
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