恋が終わっても、人生は続いていく

第2話:優しい同期

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「……橘、大丈夫?」

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その一言だった。

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パソコンの画面を見つめていた視線が、

ふっと揺れる。

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「……え?」

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顔を上げると、

そこにいたのは神崎だった。

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同じ部署の同期。

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特別、仲がいいわけでもない。

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でも。

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仕事で関わることは、

それなりにある。

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「顔色、悪い」

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淡々とした口調。

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でも、

その視線はやけに真っ直ぐだった。

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「……そう?」

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軽く笑って、ごまかす。

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「寝不足かな」

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適当な言い訳。

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「それだけじゃないだろ」

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「……」

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言葉が止まる。

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(なんでわかるの)

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そんなはずない。

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ちゃんと隠してる。

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いつも通りにしてる。

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それなのに。

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「無理してる顔してる」

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その一言で、

何かが、少しだけ揺れる。

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「……してないよ」

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反射的に否定する。

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でも。

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声が、

少しだけ弱い。

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神崎は、

それ以上何も言わなかった。

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ただ。

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「昼、時間ある?」

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ぽつりと聞いた。

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「え?」

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「飯、付き合えよ」

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いつも通りの口調。

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でも。

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「……いいの?」

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思わず、聞いてしまう。

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「何が」

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「忙しくない?」

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「お前の顔の方が気になる」

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その言葉に、

一瞬、息が止まる。

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(何それ)

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そんな言い方、

する人だった?

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でも。

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「……じゃあ、少しだけ」

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気づけば、そう答えていた。

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会社の近くのカフェ。

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静かな席に座る。

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注文をして、

料理を待つ間。

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沈黙。

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気まずくはない。

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でも、

何を話せばいいのか、

わからない。

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「……で」

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神崎が口を開く。

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「何があった」

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ストレートだった。

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「何もないよ」

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すぐに返す。

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「嘘つくな」

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即答。

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思わず、苦笑する。

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「……そんな顔してる?」

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「してる」

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迷いがない。

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(この人……)

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逃がしてくれない。

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でも。

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(嫌じゃない)

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それが、

少しだけ怖い。

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「……ちょっと」

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ぽつりと、

言葉が出る。

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「疲れてるだけ」

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嘘じゃない。

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でも、

全部でもない。

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「仕事?」

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「ううん」

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少しだけ、

視線を落とす。

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「……家」

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その一言が、

やけに重く落ちる。

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神崎は、

何も言わなかった。

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ただ、

静かに待っている。

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(なんで)

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普通、

流すでしょ。

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深く聞かないでしょ。

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なのに。

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「……何もないの」

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気づけば、

言葉が続いていた。

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「喧嘩してるわけでもないし」

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「困ってることもないし」

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「ちゃんとしてるの」

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自分でも、

何を言ってるのかわからない。

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「でも」

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そこで、

止まる。

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喉が、

少しだけ詰まる。

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「……空っぽで」

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小さく、

こぼれる。

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その瞬間。

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胸の奥が、

じんわりと痛くなる。

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(ああ)

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言っちゃった。

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ずっと、

言わないようにしてたのに。

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「……そっか」

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神崎は、

それだけ言った。

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否定もしない。

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慰めもしない。

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ただ、

受け止めるだけ。

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それが、

一番楽だった。

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料理が運ばれてくる。

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「食え」

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「うん」

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一口食べる。

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「……美味しい」

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自然と、

そう言葉が出る。

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さっきとは、

違う。

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ちゃんと、

味がする。

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「だろ」

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少しだけ、

笑う。

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その顔を見て、

気づく。

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(この人といると)

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呼吸が、

楽になる。

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何も解決してないのに。

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ただ、

話しただけなのに。

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(……なんでだろう)

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その理由を、

考えないようにする。

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でも。

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心はもう、

少しだけ。

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そっちに傾き始めていた。
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