恋が終わっても、人生は続いていく

第3話:女として扱われる



「それ、似合うな」



ふいに言われて、

手が止まる。



「……え?」



振り返ると、

神崎がこちらを見ていた。





「その色」



軽く、顎で示す。



沙織が着ているブラウス。



「落ち着いてるのに、ちゃんと映える」





(……何それ)





一瞬、

言葉の意味が入ってこない。





「似合ってるってこと」





「……あ、ありがとう」





ぎこちなく返す。





(こんなこと、言われたのいつぶり?)





思い出せない。





夫に、

褒められたこと。





あった気もするけど。





(最近は……ない)





むしろ。





「それ地味じゃない?」





そんな言葉の方が、

よく思い出せる。





(比べるの、やめよう)





そう思うのに。





頭の中で、

勝手に並べてしまう。





「……どうした」





「え?」





「ぼーっとしてる」





また、

見られてる。





(この人、よく気づく)





「何でもない」





軽く笑って、

ごまかす。





でも。





(嬉しい)





その感情は、

消せなかった。







昼休み。





「今日も行く?」





自然な流れで、

またカフェへ向かう。





もう、

それが当たり前みたいに。





(慣れてきてる)





少しだけ、

怖い。





席に座る。





「昨日、ちゃんと寝た?」





「まあまあ」





「嘘だな」





「なんでわかるのよ」





「顔」





即答。





(またそれ)





「そんなにわかりやすい?」





「俺には」





その言い方が、

少しだけ特別に聞こえる。





(“俺には”って何)





考えたくないのに。





気になる。





「無理すんなよ」





ふと、

低く言う。





その声が、

やけに近く感じた。





「……してない」





小さく答える。





でも。





(してる)





わかってる。





ずっと。





「してる顔してる」





優しく、

でも逃がさない言い方。





そのとき。





神崎の手が、

ふと伸びた。





「……ここ」





指先が、

沙織の頬に触れる。





「ちょっとクマ出てる」





一瞬。



時間が止まる。





(……触れた?)





ほんの少し。





でも。





はっきり、

触れられた。





(近い)





距離が、

一気に変わる。





心臓が、

強く鳴る。





「……自分でわかってる」





少しだけ、

強がって言う。





神崎は、

そのまま少しだけ見てから、

手を引いた。





「ならいい」





何事もなかったみたいに。





でも。





(今の……)





さっきまでとは、

確実に違う。





触れられた。





“同僚”としてじゃなくて。





もっと、

近い距離で。





「……あの」





思わず声が出る。





「なに」





「今の……」





言葉が続かない。





何を聞けばいいのか、

わからない。





神崎は、

少しだけ目を細めた。





「嫌だったか」





「……違う」





即答してしまう。





(違うって何)





自分でも、

わからない。





でも。





「……びっくりしただけ」





それが、

精一杯だった。





「そっか」





それだけ。





深くは踏み込まない。





でも。





(踏み込まれたのは、こっち)





もう、

気づいてしまった。





この人は、

ただ優しいだけじゃない。





(女として、見てる)





その事実が、

じわじわと広がる。





(ダメでしょ)





頭では、

すぐにそう思う。





結婚してる。





こんなの、

間違ってる。





なのに。





(嬉しい)





その感情が、

消えない。





「……帰ろうか」





神崎が立ち上がる。





「うん」





自然と、

ついていく。





並んで歩く。





さっきより、

少しだけ距離が近い。





(戻れない)





まだ何も始まってないのに。





もう、

戻れない気がした。
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