恋が終わっても、人生は続いていく

第5話:満たされる



朝。



見慣れない天井。



少しだけぼやけた視界。



(……あ)



ゆっくりと、

意識が戻る。





隣に、

人の気配。





「……起きたか」



低い声。



神崎だった。





「……おはよう」



小さく答える。





声が、

少しだけ掠れている。





「大丈夫か」





「うん……」





体を起こす。





シーツが、

少しだけ乱れている。





(昨日……)





全部、

思い出す。





(やっちゃった)





頭の中で、

冷静な声がする。





ダメなこと。





越えちゃいけない線。





全部、

わかってる。





なのに。





(後悔……してない)





その事実に、

自分で驚く。





「顔、やばいぞ」





神崎が、

少しだけ笑う。





「どういう意味」





「いろいろ考えてる顔」





図星だった。





「……最低だよね」





ぽつりと、

呟く。





神崎は、

少しだけ間を置いて。





「俺もだろ」





そう返した。





(……一緒か)





少しだけ、

救われた気がする。







シャワーを浴びる。





水をかぶりながら、

考える。





(どうするの、これから)





戻る?





何もなかったことにする?





(無理だよね)





もう、

知ってしまった。





あの温もりを。





あの距離を。





(……あんなの)





忘れられるわけがない。







部屋に戻る。





神崎が、

コーヒーを飲んでいる。





「飲む?」





「うん」





カップを受け取る。





温かい。





その温度が、

少しだけ現実に戻してくれる。





「……帰る」





小さく言う。





「送る」





「いいよ」





すぐに否定する。





「ここから一人で帰れる」





(距離、戻さないと)





そう思う。





でも。





「……また来るか」





神崎の声。





(……え)





一瞬、

思考が止まる。





「……来ていいの?」





思わず、

聞いてしまう。





「嫌なら来ない」





シンプルな返し。





でも。





(嫌じゃない)





むしろ。





(来てほしい)





その気持ちが、

はっきりしてしまう。





「……嫌じゃない」





それが、

答えだった。





神崎が、

少しだけ笑う。





「じゃあ、またな」







帰り道。





一人で歩く。





でも。





昨日とは、

違う。





胸の中に、

何かが残っている。





温かくて。





満たされていて。





(……こんな気持ち)





久しぶりだった。





「おかえり」





家に入ると、

夫の声。





「……ただいま」





振り返る。





ソファに座って、

テレビを見ている。





その姿。





(……何も変わってない)





昨日までと、

同じ。





「遅かったな」





「仕事」





それだけの会話。





それ以上、

何もない。





(こんなに違うのに)





さっきまでいた場所と。





この家と。





(……無理)





もう、

戻れない。





「ご飯、あるけど」





「いい」





あっさり断られる。





(やっぱり)





胸が、

少しだけ冷える。





でも。





(平気)





さっきの温もりが、

まだ残っているから。





それで、

埋められてしまう。





(……ダメだ)





わかってる。





これは、

危ない。





でも。





(やめられない)





もう、

気づいてしまった。





満たされる感覚を。





求められる感覚を。





女として、

見られる感覚を。





それを、

手放せるほど、

強くなかった。
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