恋が終わっても、人生は続いていく

第8話:決断



「……話があるの」



その一言を言うまでに、

どれくらい時間がかかっただろう。



リビング。



いつもと同じ夜。



テレビの音だけが流れている。





「何」



夫は、

視線を画面から外さないまま言う。





(やっぱり)





最後まで、

こっちを見ないんだ。





「……ちゃんと聞いて」





少しだけ強く言う。





その声で、

やっと視線が向く。





「何だよ」





少しだけ、

面倒そうな顔。





(……これが現実)





あの時間とは、

全然違う。





「……別れたい」





静かに言う。





空気が、

一瞬だけ止まる。





「……は?」





夫の顔が、

わずかに歪む。





「何言ってんの」





「離婚したいの」





言い直す。





逃げないように。





「急に何だよ」





苛立った声。





「急じゃないよ」





「ずっと思ってた」





本当は、

ずっと前から。





「何が不満なんだよ」





「不満っていうか……」





言葉を探す。





(どう言えばいいの)





「……何もないのが、つらいの」





それが、

一番近い言葉だった。





「意味わかんねえよ」





夫が、

苛立ったように立ち上がる。





「喧嘩もしてねえし」





「生活だってちゃんとしてるだろ」





「何が問題なんだよ」





その言葉に、

少しだけ笑いそうになる。





(そうだよね)





この人からしたら、

問題なんてない。





ちゃんと生活してる。



ちゃんと夫婦してる。





でも。





「……私、ずっと一人みたいだった」





静かに言う。





夫の動きが、

少しだけ止まる。





「話もないし」





「触れられることもないし」





「……女として見られてる感じも、ない」





言葉にするたびに、

胸が少し痛む。





「それが普通だろ」





あっさり言われる。





(ああ)





この人にとっては、

そうなんだ。





「家族なんだから」





その一言で、

全部がわかる。





(終わってる)





もう、

同じ場所にいない。





「……私は嫌だった」





はっきり言う。





「それだけ」





沈黙。





少しだけ、

長い時間。





「……誰かいるのか」





低い声。





一瞬、

息が止まる。





(……来た)





「……いる」





嘘は、

つかなかった。





その瞬間。





空気が、

一気に冷える。





「……最低だな」





吐き捨てるように言う。





(そうだよね)





わかってる。





責められるのは、

当然。





「そうだと思う」





静かに受け止める。





「でも」





一度、

息を吸う。





「それでも、戻れない」





それが、

答えだった。





「……ふざけんなよ」





声が荒くなる。





「自分勝手すぎんだろ」





「今さら何言ってんだよ」





怒り。



当然の反応。





でも。





「ごめん」





それしか言えない。





謝っても、

許されない。





それでも。





「……でも、決めたから」





目を逸らさずに言う。





これだけは、

譲れない。





沈黙。





長い、長い時間。





やがて。





「……好きにしろ」





低く、吐き出す。





それが、

終わりだった。







部屋に戻る。





ドアを閉める。





背中を預ける。





(終わった)





ゆっくりと、

息を吐く。





涙は、

出なかった。





ただ。





(やっと、自分で選んだ)





その感覚だけが、

残っていた。





怖い。





でも。





(進むしかない)





そう思った。
< 33 / 39 >

この作品をシェア

pagetop