恋が終わっても、人生は続いていく

第12話:それぞれの夜

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「……だから」

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グラスを傾けながら、

沙織はゆっくりと言った。

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「結局、一緒には行かなかったの」

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バーの中は、

相変わらず静かで。

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どこか現実から切り離された空間。

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向かいには、

二人の女性。

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それぞれ、

違う恋をして。

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それぞれ、

違う終わりを迎えた人たち。

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「もったいなくないですか?」

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二十代の女性が、

少し驚いたように言う。

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「好きだったんですよね?」

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「今も好きよ」

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あっさりと答える。

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それに、

少しだけ驚いた顔。

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「じゃあ……」

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「でも」

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その言葉を、

優しく遮る。

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「好きなだけじゃ、選べないこともあるの」

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静かな声。

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自分でも、

不思議なくらい落ち着いていた。

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「私は、あの人といると楽だった」

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「満たされてたし」

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「女でいられた」

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それは、

全部本当。

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「でも」

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グラスを見つめる。

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「それって、あの人がいたからでしょ」

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「いなくなったら、また空っぽになる」

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その感覚が、

怖かった。

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「だから」

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少しだけ、

息を吐く。

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「自分で満たせるようになりたかった」

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それが、

選んだ理由。

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「……強いですね」

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二十代の女性が、

小さく言う。

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「全然」

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少しだけ笑う。

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「めちゃくちゃ弱いよ」

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本音だった。

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「今でも、会いたいって思うし」

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「連絡来たら、普通に揺れると思う」

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隠さない。

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それでも。

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「でも、戻らない」

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その一言に、

すべてがある。

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「三人とも」

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ふいに、

四十代の女性が口を開く。

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「全然違う恋してるのに」

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「ちゃんと、自分で終わらせてるのね」

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その言葉に、

少しだけ沈黙が落ちる。

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(終わらせた……?)

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そうなのかもしれない。

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逃げたわけじゃない。

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誰かに決められたわけでもない。

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自分で、

選んだ終わり。

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バーテンダーが、

静かにグラスを置く。

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「恋は、終わるものです」

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穏やかな声。

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「でも」

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少しだけ、

間を置いて。

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「人は、そのあとも続いていく」

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その言葉が、

静かに落ちる。

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(続いていく)

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当たり前のことなのに。

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どこか、

救われる響きだった。

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「……ねえ」

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二十代の女性が、

少しだけ不安そうに言う。

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「また、好きになれますかね」

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その問いに、

二人は少しだけ顔を見合わせる。

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そして。

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「なると思うよ」

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沙織が答える。

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「ちゃんと、好きだったなら」

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「また傷つくかもしれないけど」

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「それでも、好きになれると思う」

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それが、

今の答えだった。

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四十代の女性が、

小さく笑う。

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「ほんと、懲りないよね」

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「人間だから」

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三人で、

少しだけ笑う。

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グラスを持ち上げる。

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「じゃあ」

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誰からともなく。

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「それぞれの恋に」

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「……お疲れ様、かな」

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静かに、

グラスを合わせる。

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小さな音。

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その音が、

妙に心地よかった。

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夜は、

まだ続く。

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でも。

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それぞれが、

少しだけ前を向いていた。

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恋は、

終わった。

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でも。

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人生は、

続いていく。

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それぞれの形で。

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それぞれの歩き方で。
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