恋が終わっても、人生は続いていく

第6話:告白

それから数日。

陽菜は、自分なりに距離を取ろうとしていた。

必要以上に話さない。

目を合わせない。

仕事だけに集中する。

⸻

(これでいい)

そう思っていた。

そうしないと。

(また、同じことになる)

⸻

でも。

⸻

「陽菜」

名前を呼ばれるだけで、

心が揺れる。

⸻

「この資料、今日中にまとめとけ」

「……はい」

短く返事をする。

視線は合わせないまま。

⸻

(大丈夫)

普通にしてる。

ちゃんと、距離を保ててる。

⸻

そう思っていたのに。

⸻

「……終わったか」

夕方。

声が落ちてくる。

⸻

「っ……はい」

顔を上げる。

蓮が、すぐ近くに立っていた。

⸻

「見せろ」

資料を差し出す。

指先が、少しだけ震える。

⸻

確認する時間。

沈黙。

⸻

「……いい」

その一言に、ほっとする。

でも同時に。

(やっぱり、嬉しい)

そう思ってしまう自分がいる。

⸻

「……ありがとうございます」

小さく言う。

⸻

彼は、少しだけこちらを見た。

⸻

「最近、避けてるだろ」

⸻

「え……?」

思わず、固まる。

⸻

「俺のこと」

淡々とした声。

でも、逃げ場がない。

⸻

「そんなこと……」

否定しようとして、言葉が止まる。

⸻

(嘘になる)

⸻

「……すみません」

結局、そう言うしかなかった。

⸻

沈黙が落ちる。

重い空気。

⸻

「理由は」

短く問われる。

⸻

言えない。

本当の理由なんて。

⸻

(好きだから、なんて)

⸻

言えるわけがない。

⸻

「……特に、ないです」

絞り出すように言う。

⸻

その瞬間。

⸻

「嘘だな」

⸻

はっきりと、言われた。

⸻

顔を上げる。

彼の視線が、まっすぐに向けられている。

⸻

逸らせない。

⸻

「……俺、何かしたか」

⸻

「違います」

すぐに否定する。

⸻

「じゃあ、なんでだ」

⸻

(なんでって……)

⸻

言えるわけない。

⸻

(怖いからなんて)

⸻

言ったら。

きっと。

⸻

「……すみません」

また、それしか言えなかった。

⸻

沈黙。

⸻

少しだけ、長い間。

⸻

そして。

⸻

「……そうか」

⸻

彼は、視線を外した。

⸻

(終わった……)

そう思った。

⸻

これで。

距離ができる。

⸻

それでいい。

その方がいい。

⸻

そう思っているのに。

⸻

胸が、苦しい。

⸻

そのとき。

⸻

「なら、俺から言う」

⸻

「……え?」

⸻

顔を上げる。

⸻

彼は、こちらを見ていた。

⸻

「お前のこと、好きだ」

⸻

一瞬。

時間が止まる。

⸻

(……え?)

⸻

何を言われたのか、

理解が追いつかない。

⸻

「だから、避けられる理由はない」

⸻

淡々とした声。

いつもと同じトーン。

なのに。

⸻

言ってることだけが、

全然違う。

⸻

「……あの」

声が震える。

⸻

「私……」

何を言えばいいのかわからない。

⸻

嬉しい。

でも。

⸻

怖い。

⸻

「俺と、付き合うか」

⸻

シンプルな言葉。

余計なものは何もない。

⸻

でも。

それだけで、十分すぎた。

⸻

(ダメだ)

頭の中で、何度も繰り返す。

⸻

(好きになったら、ダメ)

⸻

わかってる。

ちゃんとわかってる。

⸻

でも。

⸻

目の前の人が、

真っ直ぐに見てくる。

⸻

逃げられない。

⸻

「……私で、いいんですか」

⸻

気づけば、そう聞いていた。

⸻

彼は、少しだけ眉を動かす。

⸻

「お前がいい」

⸻

即答だった。

⸻

迷いも、ためらいもない。

⸻

その一言が。

⸻

胸に、深く落ちる。

⸻

(……どうしよう)

⸻

怖い。

でも。

⸻

嬉しい。

⸻

その気持ちが、強すぎて。

⸻

「……はい」

⸻

小さく、答えていた。

⸻

その瞬間。

⸻

何かが、動き出した。

⸻

止めようとしていたものが、

全部。

⸻

ほどけてしまった。

⸻

「……よろしくお願いします」

⸻

少しだけ、笑う。

⸻

彼は、いつも通りの顔で。

⸻

「ああ」

とだけ返した。

⸻

それだけなのに。

⸻

どうしようもなく、

嬉しかった。
< 7 / 39 >

この作品をシェア

pagetop