黒弁護士は夜咲く桜を独占する~過保護な愛に溶かされて~
「え、いや、無理ですよ。
自分で言うのもなんですが、私なんてしがない三流企業の事務員で、弁護士事務所で働くとか無理に決まってます」

熱い顔を冷まそうとストローを咥える。
陽川さんが冗談で言っているのはわかっているが、ほんの少しだけ彼と一緒の職場で働くとか素敵だなと想像した。

「そうやって謙遜するのは反対に卑屈に見えますよ」

陽川さんの指摘で、手に持つカップが震えた。
自分でもこうやってできない理由を探しているだけだとわかっている。

「誤解がないように言っておきますが、コネ入社ではないです。
きちんと他の方と同じく、試験と面接を受けていただいたうえで、所長が判断します。
僕はあくまでも推薦するだけです」

姿勢を正し、真っ直ぐに彼が私を見る。
それは怒っているようでも私を案じているようでもあった。
おかげで自然と、背筋が伸びる。

これは、もしかしたらチャンスかもしれない。
きっと私など十中八九採用などないだろうが、万が一ということもある。

「……ちょっと、考えさせてください」

少しくらい夢を見たいが、現実をもう知っている私には一歩を踏み出す勇気がなかった。

「いい返事を待っています」

< 79 / 287 >

この作品をシェア

pagetop