【改稿版】記憶を失くした御曹司と偽りの妻
正式なインタビューは、そのあと会議室で行われた。
編集長、カメラマン、広報担当、そして私。
きっちり公の顔が並ぶ場所だ。

「久遠先生は、いま若手育成にもかなり力を入れていらっしゃいます。理由を聞かせてください」

私がそう尋ねると、怜央は一拍置いて答えた。

「一人の技術で終わらせないためです。結果だけが切り取られると、奇跡に見えることがある。でも現場で必要なのは、再現できる工程です。判断も失敗も含めて言語化しないと、次の患者は救えない」

カメラマンが、レンズ越しに小さく息を呑む。
そのくらい、言葉がぶれない。

「事故を経て、変わったことはありますか」

編集長の質問に、室内の空気がほんの少しだけ静まった。
怜央は表情を変えない。

「自分が執刀することも大事ですが、残せるものを残すことも同じくらい大事だと思うようになりました」

「残せるもの、とは」

「技術と判断、それから責任の取り方です」

やっぱりこの人は、こういう場で少しもぶれない。
私が昔、冷たいとしか思えなかった声で、今は誰かを導いている。

「最後に伝えたいことはありますか」

ほんの一瞬。怜央の目が私を見た。
そして、正面を向いて、はっきりと言った。

「——感謝している」

その一言だけで、空気が静まる。

「この命を救ってくれた妻に感謝します」

私の呼吸が止まりかけた。
インタビューなのに、今、確実に私に向けた言葉だった。

怜央は続ける。落ち着いた声で、けれど少しだけ優しい熱を含んで。

「彼女があの夜、手を伸ばしてくれなければ、私はここにいない。そして、あの時の私を救ったのは、医療の力だけじゃない。——人の意思だ。だから、皆さんに伝えたい。人の命に手を伸ばす勇気を忘れないでほしい、と」

私は視線を落としそうになるのをこらえて、笑った。
記事にするために。
そして、妻として、泣きそうにならないために。

私が手を伸ばしたのは、ただ必死だったから。あなたが……あなたが、ここまで私を連れてきてくれた。

胸の奥が、やさしく締め付けられる。

「——以上です。本日はありがとうございました」

私がレコーダーを止めると、怜央はふっと息を吐いた。

「お疲れさま。……取材、上手いな」

「元記者ですから」

カメラマンが声をかける。

「では、撮影に移ります。怜央様、窓際にお願いします。背景、ロゴが入る位置でいきますね」

怜央が立ち上がり、ジャケットの襟を軽く整える。
その動作だけで絵になる。

私は少し離れた位置から、撮影の邪魔にならないように立っていた。
仕事の顔。トップの顔。未来を語る顔。
シャッター音が、淡々と記録を積み重ねていく。

「はい、いいですね。目線、もう少しだけ右に。——OKです、ありがとうございます」

カメラマンがモニターを確認し、にこやかに言った。

「では、これで撮影終了で」

その瞬間だった。

怜央が、少しだけ首を傾げる。
そして、当たり前みたいな口調で言った。

「妻との写真を撮ってくれませんか?」
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