【改稿版】記憶を失くした御曹司と偽りの妻

第3話

――世界が、止まった。

「……え?」

夫人が凍りつく。会長の眉が動く。看護師が慌てて医師を呼ぶ。
私だけが、言葉の意味を理解できないまま、息を詰めた。

つ、妻……?私が……?

怜央は、苦しそうに眉を寄せるのに、私を見る目だけは妙に優しかった。
怖がっていない。疑っていない。
ただ、必死に繋ぎ止めるものを探していて——それが私になっている。

私は、思わず一歩前に出た。

「ち、違います……!私、桐生梨音で……」

「……梨音」

その名前だけが、なぜか彼の口からこぼれた。

なんで……?

「怜央、わかるの?お母さんよ」

夫人が身を乗り出す。けれど怜央さんの視線は私から逸れない。

「……梨音を、そばに」

それが命令なのか懇願なのか、うまくわからなかった。
ただ、さっき事故車の中で私の手首を掴んだときと同じ目をしていた。

拒絶も疑いもない。
必死に、たった一つの確かなものへ縋る目だ。

私は立ち尽くしたまま、自分の指先が冷えていくのを感じていた。

医師が入ってきて、ペンライトで瞳を確認する。
怜央は医師の声に反応するのに、視線はまた私へ戻る。

「……妻を……そばに……」

誰に向けた言葉なのか分からない。
でも、胸の奥が、熱くなってしまった。

……どういうこと?私が、彼の妻?
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