秘書の誕生日、一夜のはずが社長に溺愛されています
(ああ……)

安心する。こんなにも、自然に。

「逃げるなよ」

低く囁かれる。

「……逃げません」

小さく答える。もう、その必要もない。

「最初から、逃がすつもりはなかったがな」

少しだけ意地悪な声。思わず、苦笑がこぼれる。

「知ってます」

「そうか」

短く返される。

そのまま、背中に回された腕が少しだけ強くなる。

離さない、と伝えるように。

「……怖くないか」

ふいに、そんな言葉が落ちる。

「これから、色々ある」

現実的な話。家のこと。会社のこと。周囲の視線。

簡単な未来じゃない。

「……少しだけ」

正直に答える。

「でも社長がいるなら、大丈夫です」

ぎゅっと、その胸元の布を掴む。

「……愛果」

名前を呼ばれる声が、少しだけ低くなる。
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