星の見えない夜に、誰を救う。

CASE9 裏技

 2027年10月31日、ハロウィンの日。

松之原タワー完成前 15:04
 松原朋子が500億円を費やして建設した松之原タワー。彼女の長年の願いだったタワーが、完成を目前に控えていた。この日、彼女は2番目の孫の焔と共に見上げていた。
「わぁ~すごい!この大っきいビルおばあちゃんが作ったの!?」
「そうよ!これはね、おばあちゃんの夢が詰まったビルなの!」
 松之原タワーの建設に関わったのは超大手の建設コンサルタント企業、臨海フロンティア。しかし、臨海フロンティアに建設を依頼したことが、松原朋子の最大の失態となった。

松之原タワー 地下1階 セキュリティ室 15:05
 ピピッ……ピピッ……
「本当にこれでいいんですか……?これじゃ防災が——」
「ゴチャゴチャ言うな……忘れたか?我が社は高いものを安く仕上げるのがセオリーだ」
「……」
 松之原タワーはデザインとセキュリティ優先。栗原正明は見えない部分を削りに削り、防災設備には壊れて動かないものまで設置した。松之原タワーは、完全に違法建築だった。
「フフフ……これで我が社は大儲けだ。オーナー様々だ……」
 朋子が費やした500億円のうち、栗原が手抜き工事で儲けた金は実に96億円。人の命は金で買えないということを理解できないのだろうか?

松之原タワー 地下2階 ボイラー室 15:22
 オープンまであと1か月に迫り、点検員の一人がボイラー室全体を試運転していたのだが——
 ブゥゥゥン……!
「……?あれ、こんな音したっけ……?」
 巨大なボイラーから、動物のような低い唸り声が響き渡る。
 ピピッ……ピピッ……
 圧力計の針が基準値を超えた位置にあった。明らかにこれはマズい……点検員は慌てて地下1階にいる栗原のもとへ向かう。

松之原タワー 地下1階 セキュリティ室 15:24
 バタンッ……!
「栗原さん大変です……!ボイラー室で異常が出ています。このままでは、万が一火災が起きた時に自動停止も排煙制御も機能しません。引き渡し前に、使用停止と再点検が必要です!」
 非常に重大な欠陥報告。ボイラー室はタワー全体の安全を担う部分だ。さすがに栗原も耳を傾けるかと思いきや——
「再点検なんかしたらオープンに間に合わない。報告書には異常なしと書いておけ……」
「そんな……人の命が関わるんですよ……!?」
 オープン前から、ボイラー室はいつ壊れてもおかしくない状態だった。栗原は欠陥部分を全て隠蔽し、朋子はそれを一切知らなかった。それでも警備面だけは優先して作られている。最低限の防災設備として、ビルの各階に消火用ホースが設置されていることが、不幸中の幸いとなった。

 2027年12月1日。松之原タワー、グランドオープン
松之原タワー 1階 メインロビー 11:00
「はい!では皆様!本日、松之原タワーがオープンです!」
 正面の扉が開いた瞬間、オープンを待ちわびていたお客さんたちが——
 ゾロゾロゾロ……!
 長蛇の列が一気に流れ込んでいく。グランドオープンした松之原タワーだが、まだ内装工事中の階もあり、一般客は入れないようになっている。オープン初日から賑わっているのだが——
「ご苦労様だった……うまくいったか?」
「ええ……バカなオーナーは気づいていません……」
 松之原タワーを遠くから眺めている2人の男。栗原正明と、爆破テロの首謀者である間藤寛治だ。一体何がうまくいったのか?
「本当助かるよ……あんたでなきゃこんな欠陥ビルは作れない。松原朋子は完全に消える……」
 松之原タワーは最初から欠陥ビルになるように、臨海フロンティアによって設計されていた。臨海フロンティアとは表向きには『安心・安全』を掲げているのだが、暴露系チャンネルでは手抜き工事の全容が告発されている。だが朋子がネットに疎いことが仇になり、臨海フロンティアに設計から施工まで依頼してしまったのだ。それだけならまだマシかもしれない。問題は、臨海フロンティアの手抜き工事を知った間藤が、金の力で栗原を動かしたことだった。
「約束の額は今日のうちに振り込ませておく……今日は欠陥ビルオープン祝いに飲み行こうか?」
「いいですね!」
 間藤寛治は過去の出来事がきっかけで、松原朋子に強い恨みを持っていた。間藤が栗原に求めたのは、壊れやすい状態にさせることだった。後に起こる松之原タワー爆破事件のことは、もちろん栗原は知らない。利用された側だ。しかし、なぜ間藤は朋子に対して恨みを持っているのだろうか?ここでは明かせないが、何とも身勝手な理由が隠されている——

 2027年12月24日。
松之原タワー 39階 大浴場エリア 22:02
 クツクツクツ……
 踏み入れた瞬間に感じる湯気と温泉の熱気。設備が壊れているのか、湯は絶え間なく熱され続いている。
「陽菜!いるなら返事をしてくれ!陽菜!」
 母によると、陽菜は大浴場エリアに取り残されているという。それが本当なら大変だ。長時間いたら熱中症になっている可能性が高い。幸人は一旦配電盤へ行って39階のブレーカーを止めるが、熱気が去るまで時間がかかる。
「本当にいるのか?」
『確かに見えたわ……陽菜ちゃん、もしかしたら女湯の方にいないかな?』
「……」
『今日は仕方ないわよ。もしかして、今まで覗いてみたかったの?』
「うるさい……」
 彼は幼少期以来の女湯へ入る。だが陽菜のことだ。こんな非常事態に全裸で大浴場を楽しむような人ではない。
 モワン……モワン……
 表情を変えていないが彼も暑いはずだ。血の汗が出る。
「陽菜……!どこにいるんだ……?」
 電気がない中、湯気も相まって探しにくい。タワー崩壊まで2時間を切ってしまった。ここにいなければ他の階を探しに行くとなると、間に合う時間ではない。そんなとき——
「陽菜……!?聞こえるか陽菜!?」
 遂に陽菜を発見した!服を着た状態でサウナに閉じ込められて気を失っている……!
 ガチャ……ガチャ……!
「開かない!?」
 サウナの扉はビクともしないほどロックされている。扉の外からでもわかる陽菜の状態。大量に汗をかいていて熱中症を引き起こしている!
 ドン……!ドン……!
 物理的に壊せる扉ではない。一体誰がこんなことを……サウナはブレーカーを止めても炭で動いているため、熱気が止まることがない。限界なのはわかっているが、彼は再び——
 スッ……
「ちくしょう……!」
 あと5分以内に助けなければ危険だ!何か爆弾でもあれば……爆弾……?そういえばハッキングツールが使えるようになっているはずだ。それだ!
「母さん!ドローンは近くにいるか!?」
『ドローン……』
「時間がない……!どこにある!?」
『配電盤の付近よ!まだ使われていないやつかな?そんなのが見えた……!』
「サンキュー……」
 彼は配電盤まで大急ぎで走り出すと、母の言葉通り未使用のドローンが1機置かれている。スマホのハッキングツールを開き——
「頼む……動いてくれ……」
 ドローンを持ちながらサウナへ戻る。やがて——
 ピピ……
「ビンゴ……!」
 ドローンは彼のハッキングにより動き出した。爆弾ドローン……そのままサウナの扉に爆弾を設置し——
 ドカーン……!
「……!陽菜……!」
 扉が壊れた瞬間一目散に陽菜へ駆け寄る。抱きかかえて水風呂へ入れて身体を冷やすと——
「うぅ……!」
「陽菜……!?聞こえるか……俺だ!」
「うぅ……!?キャアー……!?来ないで!やめて……!」
 陽菜は変わり果てた彼の顔を見て拒絶する。無理もないだろう。彼女が知る奥田幸人とは、強引でぶっきらぼうな性格……それに整った顔立ち……目を覚ましてから、いきなり見たものはゾンビ。ゾンビになってしまった奥田幸人だ。
「陽菜……俺だよ……幸人だよ……」
「嘘よ……嘘……!幸人はそんな顔じゃないわ!?」
 本来なら強引にでも連れて行くべきだが、彼にはできなかった。離婚してからも、彼はずっと陽菜のことを愛していた……
 コツ……コツ……
「やはり来たか……エサを用意しておけば来ると思っていたよ……」
「間藤……!」
「この男……キャア……!?」
「陽菜……!?」
 先ほどまで幸人に恐怖を抱いていた陽菜だが、間藤の顔を見た瞬間に恐怖の対象が変わったように、幸人の背中に隠れる。
「この男よ……私をサウナに閉じ込めたの……!」
「何だって……!?貴様……!」
「その身体で何ができる?ゾンビの死に損ないが……」
 ここで負けたら陽菜を助けるチャンスがなくなってしまうかもしれない。彼はハッキングしたドローンを、間藤に気づかれないように外へ出し——
「お前何して——」
「オラァー!」
 爆破後もかろうじて動くドローンを外へ出すことに成功し、彼はそのまま間藤へ突っ込むが——
 ドゴッ……
「ウゥ……!」
「幸人……!?」
「中々高そうな時計だな?これから死ぬなら、お前が持っている必要はない……」
 間藤に戦闘経験はないのだが、ゾンビ化して弱っている彼を圧倒し、腕時計を奪った。先ほどは『噛み千切る』と脅したものの、彼にそんな能力もなければ、そんな牙もない。
 ドスッ……!ドスッ……!
 弱っている身体を絶え間なく殴られ続け、歯が折れて血を吐く。だが彼は修羅場をくぐってきたベテラン。素人のパンチに沈むほどヤワではない。
 ドゴッ……!
「うわぁ~……!?クソ……!」
「お前はもううずくまってろ……」
 間藤の腹部に膝蹴りがめり込んだ。だがこのとき、母は必死で副作用にブレーキをかけていたが、激しい頭痛が彼を襲った。
「ウゥ……!?」
「幸人……!?どうしたの……どこが痛いの……!?」
「やはりもう限界みたいだな……お前はもう終わりだ……」
「チィ……!」
 すると陽菜は彼を庇うように——
「やめて……!」
「ほう……バケモノになった元旦那を庇うか……?とんだお人好しだな?」
 彼女は震える身体を抑えながら庇っている。
「陽菜……止すんだ……!」
「幸人は黙ってて……!」
 幸人はもちろんだが、陽菜も彼のことをずっと愛していた。離婚していなければ、彼との子どもを生みたかった……あのとき、予定を忘れる彼に逆ギレしてしまった私が悪いんだ……
「残念だが、君たち2人は死んでもらわなきゃ困るんだ……」
 間藤がスマホを操作すると、再び銃搭載型ドローンが3機現れる。
 キュウィィン……
「まあ……せいぜい抱き合いながら死ねるぞ……」
 コツコツ……
「悪いが、俺は生きて帰って陽菜を抱きたいんだ……」
「幸人……ここは逃げよう……!私、あなたのことずっと……誤解してた……」
 キュウィィン……
「陽菜……下がってろ!」
 彼は身体を必死に起こし、再びドローンと対峙する。
 ダダダダン……!
「フッ……!」
 濡れた床の上、銃弾をサイドステップで回避すると、ドローンよりも速いスピードで3機を一気に——
「ハァー!」
 ガシャン……!
 回し蹴りが3機同時に命中し、ドローンはそのまま壊れて落ちた。
 ドテッ……
「幸人……」
「何ともない……それより、サウナで火傷とかしていないか?」
「ほんの少しだけ……でも、幸人なら私を助けてくれるって……信じてた……ありがとう……!」
 陽菜は涙を流しながら彼を抱き締めた。
「やめろ……俺の血が服につくぞ……」
「嫌だ……もう少しだけ、このままでいさせて……!」
「陽菜……」
 気づいたら彼も抱き締め返していた。彼がこのとき思ったのは、クリスマスの日に変わると同時に、どこまでの記憶を失ってしまうのか……少なくとも、松之原タワーで起きたことは覚えていないだろう。
「ちょっといいか……?」
「うん……」
 彼はどこかへと電話をかけ始めた。そこは——

松之原タワー前 22:25
 タワーの前には消防車に救急車、パトカーが数台停まっている。幸人が電話をかけた相手は、彼を嫌う先輩の刑事。百瀬 優平(モモセ ユウヘイ)(30)。
 プルプルプル……!
「ん?奥田の野郎か……もしもし!お前今……」
「悠長なことを言っている場合じゃない……今すぐ消防車とパトカーを松之原タワーから退避させろ。橋じゃない方向にな!」
「あっ!?てかお前今どこにいるんだよ……!」
「松之原タワーの中だ……」
「はぁ~!?」
 幸人は既に1機の爆弾型ドローンをハッキングしている。うまくいけば橋への崩落は防げるが、市街地に崩れることは防げない。
「周辺に住む人全員をできるだけ遠くに避難させろ。12時を迎える前にな……!」
「どういうことだ!?」
「12時に松之原タワーは崩れる……!早くするんだ……!」
 プツッ……!
「おい奥田!?奥田……って切りやがった……!しかも12時って……もう1時間半しかねえじゃねぇかよ……!?」
 悔しいことに、幸人の今までの先読みは全て当たっている。12時に松之原タワーが崩落する話も、嘘を言っているようには思えない。百瀬はどうにか退避させようと一人ひとりに声かけ……は間に合わない!マイクがあれば……
「あっ……これ使えるか」
 百瀬が目をつけたのはパトカーの車載拡声器。
 ピー……!
「あっあっ……すみません皆様!ちょっと私の後輩が……ええっと何かタワー崩れちゃうみたいです……!とにかく、橋じゃない方向へ離れてください!早く……!」
 突然すぎる避難指示に、周囲の人々は一瞬、何を言われたのか理解できなかった。だが外から見ても燃え盛っており、軋む音が絶え間なく鳴り響く松之原タワーを見ているためか——
「崩れるだと……!?」
「おい嘘だろ……!?」
「早く出すぞ!」
 意外にも早く理解して一斉に車両が離れていった。歩行者も含めて人々は離れていき、タワー周辺の道路は全て通行止めにするという措置が取られた。
「奥田の言ったことって当たっちまうんだよな……でも何でタワーなんかにいるんだよ……?」
 崩れると一口で言っても、横に倒れるのか、それともぺしゃんこになるように崩れるのか想像ができない。詳細を聞こうと幸人のスマホに着信をかけたが、出ることはなかった。崩壊までのタイムリミットと、後輩の命が危ないという緊張感の中、燃え盛るタワーを写そうと野次馬が殺到する。
 パシャ……パシャ……
「ねぇあれヤバくね……!?」
「中に誰かいるのかよ!?」
 騒然とするタワーの周辺。その様子をドローンのカメラで確認している男がいた。その男は、紛れもないあの間藤だ。

松之原タワー 49階 展望ラウンジ 22:53
「ちくしょう……!一体何が起きているんだ……!?何で離れてんだ……」
 突然のことに焦り出す間藤だが、近くにいた英介は静かに言い放った。
「あいつですよ……幸人が皆を避難させたんです……」
「何だと……!?あの男は死んだはずだぞ!」
「幸人は、皆を助けるまで絶対死なないです……」
「お前まさか……!?あの男が全員助けるとわかってて呼んだのか……!?」
 その問いに英介は静かに頷いた。激昂した間藤は英介に銃を向ける。だが——
「遂に見つけたぞ……間藤!」
「お義父さん……!」
 2人の前に現れたのは英介の新婦、芹香の父である後藤真也だ。しかしなぜ?
「間藤……お前が松原さんに恨みを持っていることくらいお見通しだ!だから俺はお前にバレないよう結婚式に出た……お前のような腐った人間は、そもそもこの世にいちゃいけないんだよ……」
 後藤真也は私立探偵だ。かなり前から間藤寛治のことを殺人事件の容疑者として追っている。真也にとって松原朋子は、若い頃から経営のノウハウを教えてくれた恩師だ。
「松原さんは俺が守る……お前の思い通りにさせない!」
「ああそうかよ……!あの女さえ黙っていれば、俺はあんなことにならなかったんだ……!あの男……松原を易々と助けやがってクソがぁ……!」
「諦めろ……お前を助ける奴はもういない!」
 なぜ間藤が朋子を恨むようになったのか。その全容はこうである。

 2001年5月17日。
割烹料理店『雪月花』 13:30
 間藤寛治は父親が経営する割烹料理店で働いていた。当時22歳だった間藤は、同年の2月まで自分で飲食店を経営していたのだが、食中毒事件がきっかけで閉店を余儀なくされた。父の清吉(セイキチ)は『一から料理を教える』という目的で働かせていたのだが——
「ダメだ……こんな半生で出せるわけないだろ!また食中毒が起きたらどうするんだ?」
 作っている料理は鶏レバーの炙り。当たり前だが、鶏肉は中まで加熱しないと危険な肉だ。しかし——
「何言ってんだよ?これ新鮮なレバーだぞ」
「そういう問題じゃない!鶏肉は必ず中まで火を通せ!」
「細けえな……客だってレアの方が喜ぶだろ?」
「その結果どうした?食中毒を起こしただろ……?」
「あれは客の体調が悪かったせいだ……!」
 間藤が起こした食中毒事件とは、今まさに作っている鶏レバーの炙りであり、半生で提供した結果食中毒を起こした。幸い食べた客は大事には至らなかったが、結果的に営業ができなくなった。
「お前にはやっぱり……全部一から叩き直すしかなさそうだな……」
「親父は古いんだよ……!何が安心が一番だ!?今どき流行らねえんだよ!」
「何だと……?」
 毎日父と喧嘩する間藤は、料理に安心という概念がなかった。求めていたのは『見栄え』。それだけに気を取られていた間藤は、料理の真髄というものを知らなかった。
「おいどこ行くんだ……!?」
「もう付き合ってらんねえよ!」
「おい!ったくどうしようもない奴だ……」
 仕事を放ったらかしてはパチンコ屋に向かう。仕事に情熱を持てない間藤だが、遂に取り返しのつかない大事件を起こしてしまう。

 2001年6月6日。
割烹料理店 雪月花 10:44
 いつものように雪月花に出勤した間藤だが、この日はなぜか父の姿が見えなかった。
「親父……ったくいるなら返事しろよ……おいどこだ!?」
 いつもなら気合いの入った挨拶で迎える清吉だが、この日の雪月花は静寂に包まれていた。だが電気とガスが動いているため、不在なんてことはありえない。やがて厨房に立ち入ると——
「親父……!?」
「はぁ……!はぁ……!」
「おいどうしたんだ!?」
 清吉は心臓発作を起こして苦しんでいた。元々仕事を続けること自体にドクターストップがかかっていたのだが、息子のために毎日料理を教えていたことが仇となり、遂に限界が来てしまった。
「とりあえず救急車呼んだ!」
「すまねぇ……!」
 いざというときは救急車を呼ぶなど、一見すると親に対して少しの愛情があるように見えるだろう。だがこのとき、間藤は良からぬことを考えていた。

割烹料理店 雪月花 12:40
「フン……誰が休みにするかよ……」
 結局清吉はしばらく入院することになり、退院するまで雪月花は休業すると決定されたのだが、それをいいことに間藤は無断で営業していた。見栄え重視の料理を提供して、それが美味しければ父も『お前が正しかった』と認めるに違いない。
 ガラガラ……
「いらっしゃい!好きに座ってくれ」
 来店したのは当時40歳の松原朋子と、当時34歳の後藤真也だった。真也は雪月花の常連客で清吉とも仲が良かった。
「あれ?今日親父さんいないのか?」
「親父さん?」
 朋子は少し首を傾げた。
「はい。いつも清吉さんっていう親父さんがやっているのですが……」
「ふぅ~ん?」
 当時『松原グループ』の代表取締役社長だった朋子は、部下の真也に連れられて雪月花を訪れていた。彼女は特に気にしなかったのだが、やはり気にせずにいられなかったのは真也だ。
「今日親父さん、休みなんですね?」
「そうなんですよ……しばらく入院になってしまいまして。その間息子の私が店番をすることになりました」
「そうですか……えっと、このコースお願いします……」
「へい……」
 真也が頼んだのはふぐ料理や肉料理が充実したコース。間藤は当然ふぐの処理免許は持っていない。そのままコースの料理を作って振る舞うのだが——
「んん……やっぱり何か、物足りないな……」
 清吉の味しか知らない真也は難色を示す。小声で言っているため聞こえないはずなのだが、聞き耳を立てていた間藤の耳には全て入っていた。朋子の方も満足しているような表情ではない。
「何でだよ……何で俺の料理は認められねえんだよ……?」
 なぜ『美味しい』と言ってくれないのか。焦る間藤は悪魔の考えを持ってしまう。
「そうだ……こいつを出せば美味いって言うはずだ……!」
 間藤が目をつけたのはふぐの肝。肝は『食通を唸らせるほどの美味』と聞きかじり程度の知識。毒があるという認識は、少しだけはあった。
「お待たせしました。こちらふぐ刺しとてっちりです……」
 ふぐの肝と正直に言わない。一瞬何かわからないような表情をされたが、肝であることを知らない朋子はそれを食べてしまう。すると——
「んん〜!これ美味しいわ……」
「本当ですか!よかったです」
 肝を大絶賛する朋子を見て、やはり自分が正しかったのだと盛大な勘違いをする。だが間を置かず——
 カタンッ……
「あれ……」
「どうしました……?」
 ブルブル……
「何か……手が痺れて……」
「松原さん……!?」
 最初は手の痺れから始まったのが、徐々に痺れが広がっていき、やがて床に倒れ込む。
「身体に……力が……!」
 ろれつが回らなくて会話が成立しない。
「おいあんた!何を出したんだ!?」
「ふぐ料理だよ……」
「だからふぐの何だよ!?」
 真也は彼女が食べたと思われるものを箸で掴むと——
「これ……ふぐの肝じゃないか!?」
「昔は出されていたこともあるんだ……すごい美味だって聞いたし……」
「あんた……!まさかそんな知識だけで客を危険に晒すのか……!?」
「この人も美味いって言っただろ……!?何で俺ばっかり……」
「早く救急車を呼べ!松原さん……しっかりしてください!今救急車呼びますから……!」
 数分後に救急車が到着して搬送されたが、呼吸困難で一刻を争う事態。幸い一命は取り留めたものの、長い入院生活を余儀なくされた。その後、真也の通報によって保健所と警察が立ち入り、間藤寛治はふぐを適切な資格・管理体制のない状態で扱い、毒性のある肝を提供した。休業中の無断営業が明るみに出た。その後業務上過失傷害で取り調べを受け、店には営業停止処分と多額の損害賠償がのしかかった。清吉の体調も戻らず、老舗だった雪月花はそのまま暖簾を下ろすことになった。本来ならそこで反省すべきだろう。しかし大人しく受け入れる間藤ではなかった。奴は『松原朋子が俺の人生を狂わせた』と自分勝手に思い込み、26年後に朋子が長年かけた夢である松之原タワーを爆破し、社会的信用と夢を破壊する計画を企てたのだ……

 2027年12月24日。
松之原タワー 49階 展望ラウンジ 23:00
「そうだったな……通報したのお前だったよなぁ!」
「ようやく思い出したか……さあ終わりだ……諦めろ」
「それはどうかな……?」
 キュウィィン……
「お義父さん……!」
「クソ……」
 間藤は再びドローンを動かしていた。しかも5機。銃型と爆弾型の両方だ。素人の英介と年齢的にキツい真也では万事休すか……?次の瞬間——
 ビューン……ガシャーン……!
 ビリビリビリ……!
「何……!?」
「何が起きたんだ……?」
「わかりません……!」
 3人は突然の事態に状況が飲み込めない。投げられた鉄パイプと電流の攻撃。キョロキョロとしながら見た先には——
「幸人……!?それにあんたは……」
「何……!?こいつ生きていたのか……!?」
「待たせたな……」
「残念だったな……俺の仲間は全員おうちに帰ったぜ……お前の野望はもう終わりだ!」
 英介と真也を助けたのは幸人と将佑だった!後ろには陽菜もいる。
「間藤……あんたのドローンが役に立ったよ……反対側に爆弾を設置したからな、橋には崩れない……」
「クソ……!だからあのときドローンが動いていたのか……!?」
「もうタワーの周りは全員避難させた!お前の負けだ……!」
 これでタワーにいる残留者が全員揃った。あとは間藤の身柄を捕まえて脱出するのみ。だが——
「まだ負けてない……」
 キュウィィン……
 間藤がスマホを操作した途端に現れる新たなドローン。10機以上集まっている。これがおそらく最後のドローン総出だろう。
「皆下がってろ!」
 英介と真也は幸人のもとへ駆け寄り——
「英介、皆を屋上まで頼む!」
「わかった……!さあこっちへ!」
 英介の誘導のもと、陽菜と真也は屋上を目指す。タワー崩壊まで1時間を切っている。
「準備はいいか将佑……?5分で片づけようぜ……」
「ラクショー……!」
 奥田幸人と稲田将佑。たった1日で芽生えた絆は、誰にも引き裂けない。たとえ記憶を失う時間が来ても、俺は将佑のことを絶対に忘れない!

・12月24日 23:05 タワー崩壊まで55分……
・タワーにいる残留者は6人……
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