星の見えない夜に、誰を救う。

Bad Ending

——未来を全て見た瞬間——

松之原タワー 屋上 ヘリポート 23:22
 彼は全てを失う覚悟で、タワー崩壊までに起きる未来を見た。間藤が持っている爆弾のスイッチが押された瞬間、クレーンに設置されていた爆弾が爆発し、倒れたクレーンはそのままヘリを巻き込む。その後が最悪だ。プロペラが英介と真也を目掛けて飛んでくる……
「将佑、俺が合図したらこの2人を頼む。俺は何とか間藤を止める……」
「わかった……」
 彼が考えた秘策とは、コンクリートの破片を間藤の手元に投げて爆弾のスイッチを離す。そして陽菜のもとへ走り、間藤を確保する……考えは完璧のはずだった。
 ガシッ……
「行けっ……!」
 将佑に合図し、コンクリートの破片を手元へ投げようとした。だがその瞬間——
 ——パリン……
「ウッ……!」
 彼の頭の中で、音を立てるように何かが砕けた。まだ24時を迎えていないはずなのに、どうして?
「幸人!?」
 カチッ……ドガァァン……!
 スイッチを押されたことによりクレーンが爆発!将佑は苦しむ幸人を見て、合図されて動くどころか離れることができなかった。
「マズい……!離れろ……!」
 当然だが、無線機もなしにいくら叫んでも操縦士に聞こえるはずもない。
 ガシャーン……!
「何……!?」
 クレーンに巻き込まれたヘリはプロペラが千切れ——
 グシャ……!
「英介……!?おい!英介……!」
 動けなかった英介と真也は、そのままプロペラに巻き込まれてしまった。即死だった……遠くから見ていた陽菜も——
「英介さん……!後藤さん……!?」
「そ……そんな……英介……!貴様ー……!?」
 スッ……
「やめろ……!これ以上使ってはダメだ!」
「離せ……!もうこれしかないんだ……!」
 英介と真也は救えなかったか。陽菜だけでも助けたい……彼は再び未来察知を使おうとしたが、弱っている身体では将佑の制止を振り払うことができなかった。
 ——パリン……パリ……パリ……
「……!?ウゥ……!頭が……!」
 彼の目に映る景色がガラスの破片のように割れていく。あっという間に全身がゾンビ化していく。
「待ってろ……俺が行く!」
 幸人はもう動けなかった。未来を全て見たことにより、脳細胞の破壊が進行してしまったのだ。将佑は幸人の代わりに陽菜を救うべく、間藤の前に立つ。

タワー崩壊まで、残り24分。23:36
「その女性を離せ!」
「ほう……お友達が代わりに女を助けるってか?」
 本当なら見た未来を幸人から聞きたかった。だが今は聞くことができない。俺は親父のような度胸もなければ、幸人のような超能力者でもない。ならば、消防士として使命を全うするだけだ。それでも幸人は、地面を這いながら間藤のもとへ向かっている。
「まあいいだろう……あんたはそこから動くんじゃない……」
「わかった……」
「行け……決して俺の方に振り向くな」
「うん……」
 コツ……コツ……
 陽菜はゆっくり将佑のもとへ歩いていく。将佑は言われた通りその場から動かない。
 バーン……!
 突然鳴り響く銃声。撃ったのは紛れもない間藤。
「……!?貴様……!」
「うぅ……」
 コツ……バタンッ……
「陽菜さん……!」
 バーン……!
「うぅ……!?」
「動くなと言っただろ?この女が撃たれたのは、お前のせいだと思え……」
「間藤……貴様……!」
 陽菜の命は風前の灯火だった。次に銃口を向けられたのは、抵抗できない将佑だった。
「やめ……ろ……!ウゥ……!」
「まだ動けるってのか?ゾンビ野郎……」
 足元が安定していないが、何とか立てている。だが既に奥田幸人はゾンビだ。このまま生きて帰れたとしても、普通に生活することができないだろう。

タワー崩壊まで、残り13分。23:47
 ドガァァン……!
 崩壊まであとわずか。だが幸人が見る景色はノイズが走っているようで安定していない。倒れている陽菜すらまともに見えない。だが、次に出た彼の発言に誰もが耳を疑うことになる。
 ——パリン……ザザ……ザザザザ……
「あれ……何か人が倒れてるぅ?あれ、何か怖い大人の人が2人いるぅ〜……」
「……!?」
「……!幸人、お前まさか……!?」
 将佑はもちろんだが、間藤すら彼の言動に驚きを隠せない。幼児退行しているのか、酷く幼くなっている。彼の中にいる母も必死で——
『幸人!目を覚まして……!お願い!』
 24時を迎える前に記憶を失ってしまった彼に、そんな声など届くはずがない。
「何でこんな熱いとこにいるのぉ?僕もうおうち帰りたい……お外暗いよぉ〜」
 将佑は必死で思い出させようとするが、彼の耳には何も入らなかった。今の幸人の姿は、醜くゾンビになった男が幼児退行した幼い子ども。そう、彼は推定3歳からの記憶を全て失ってしまったのだ。

タワー崩壊まで、残り1分。23:59
「幸人……!?」
 幸人しか見れなくなった将佑と、ゾンビのまま子どもになった幸人。間藤は既にパラシュートを使って脱出していた。陽菜は既に死亡していた……最後の最後で、親友、親友の義父、元妻を救うことができなかった。未来を全て見た代償は、あまりにも大きすぎた。
「マズい……橋に崩れてしまう……」
「何か音大っきいよぉ……おじちゃん助けて……!」
「わかった……」
 こうなったらギリギリのタイミング、橋に倒れたタイミングで海に飛び込むしかない。そうすれば救助用ボートが見つけてくれるかもしれない。
 09……08……07……06……05……04……
「しっかり掴まってろ……!」
 03……02……01……00……!
 ドガァァン……!ドガァァン……!
12月25日、24時00分……松之原タワー、崩壊……

成瀬陽菜(27) 死亡
西川英介(29) 死亡
後藤真也(60) 死亡
間藤寛治(48) 逃亡

 2028年1月1日。

大河原病院 精神科病棟 10:15
 事件から1週間後、『松之原タワー爆破テロ事件』に巻き込まれて命を奪われた被災者は、西川英介、後藤真也、成瀬陽菜の3人。これだけ大規模なテロ事件で死亡者が3人なのは、少ない数字かもしれないが、最も代償を払うことになったのは奥田幸人だった。タワー崩壊の時間を迎えたとき、幸人と将佑は橋に崩れるタイミングで海に飛び込み、辛うじて生還することができた。だが間藤の計画通り、ビルは港南アイランドブリッジの方向へ倒れ、橋はそのまま分断された。ビルの残骸の多くが海に流れ込み、何世代も続く環境破壊を引き起こしてしまった。
 ガラッ……スー……
「具合はどうかな……?」
「あっ……将佑おじちゃんだ〜!ねぇねぇ!今日は何して遊ぶ〜?」
「……」
 将佑にとって、ゾンビのまま子どもになった親友を見るのは、とても辛い……それに両手両足を縛って24時間の管理体制。耳に手を当てると未来察知が発動してしまうため、ふとした拍子に使ってしまったら赤ん坊の記憶まで失うかもしれない。
「ねぇ動けないよ〜?これ取ってくれないの……?」
「……」
 彼の質問に答えられなかった。子どもになった幸人にどう言えば理解してくれるのか?
「幸人君……君はしばらく、病気を治さなきゃいけないんだ……おじちゃんが協力するから……」
「ねぇねぇ……そう言えばママが病院に来ないよ?ママはどこに行っちゃったの?」
 彼の失った記憶の一つ。母親を亡くしたことすら覚えていない。当然3歳からの出会いも全て……ただ医師から説明されたのは、『このまま記憶を思い出すには、教育を一からやり直すしかない……』。そんなの無理に決まっている。記憶を取り戻せるのは単純計算で15年以上はかかる。
「ごめんな……また来るから……」
「おじちゃん帰っちゃうの……?また来てくれるって約束、信じてるよ〜!」
 俺は一体何をやっているんだ……?幸人の記憶を呼び起こすどころか、ゾンビと子どもの会話をしてしまうなんて。あいつはただ、皆を助けたくて能力を使っただけなんだ!少しは報われるべきだろう……だが将佑は知らない。幸人は最悪の結末を迎える未来にいることを——

 1月2日。

大河原病院 精神科病棟 8:31
 幸人が興味を持ったもの。それは——
 チュン……チュン……
「あれ……飛んでるのって何ていうのかな?」
 ガラッ……スー……
「おはよう幸人君……身体拭き拭きしようね?」
「あっ!愛美お姉ちゃんだ!」
 ゾンビ化した彼への恐怖心を抑えながら、看護師の女性は身体を拭く。両手両足を拘束しても、いつ襲ってくるのか?触れて大丈夫なのか?実際襲うことがないとはいえ、事情を知らない人からすれば恐怖でしかない。
「ねぇ愛美お姉ちゃん……?お外飛んでるの……あれ何ていうの?」
「あれはね……すずめっていうのよ」
「すずめ……僕も空を飛べるようになれるかな?」
「う〜ん……どうかな?」
「僕も飛んでみたい!」
「ちょっと難しいと思うわ……」
 彼の低い声も恐怖の対象。まるで悪魔と子どもが合わさったようだった。看護師は何とか誤魔化したが、すずめに興味を持った彼はとんでもない行動に出てしまう。

大河原病院 精神科病棟 21:08
 病院は既に消灯時間。しかし、なぜか彼はうまく寝つけなかった。
「すずめ……すずめ……僕もきっと飛べるよ……」
 ガチャガチャ……
 彼を拘束しているのは布。幼児退行してもパワーはそのまま持っている。
 ブチッ……
「取れた!飛べる……!飛べる……!」
 彼は病院を走り回り、階段を見つけては上へ上へと登っていく。だが大きな物音を聞きつけて看護師が確認に入ると——
「幸人君……!?幸人君……どこ行ったのかしら……」
「どうしたんだ?ってあれ!?幸人君がいない!?ちゃんと縛ってあったのに……」
「でも力は大人のままのはず……!早く探さなきゃ!」
 看護師総出で彼の捜索が始まった。体力が低下していない彼に追いつくのは容易ではなく、既に屋上に辿り着いていた。

大河原病院 屋上 21:16
「着いた!僕もすずめみたいに飛べるんだ!」
 1月の寒空の中、屋上の落ちるギリギリの場所で裸足のまま飛び跳ねている。
「僕は飛べる……!」
 看護師は誰も、彼が屋上にいることなど予想していない。捜索の範囲が屋上に及ぶことはなかった。
 チュン……チュン……
「すずめだ!待ってて……僕も一緒に飛ぶから!」
『やめて幸人……!お願い……!ママ嫌だ……また死にたくない……!やめて!』
 彼の母親が必死で幻覚の中で訴える。しかし記憶を失った彼の耳に届くはずもなく、手すりに足をかけていた。
『やめて……幸人……』
 タッ……ヒュウゥ……!
 飛べるはずはない……彼は幼児退行したゾンビ……いや、ただの人間だから。
 ゴシャ……!
 地面に鈍い音が響き渡った……6階の屋上から飛び降りた奥田幸人は、すずめのように飛べると信じてしまった結果、迎えたのは身投げという結末だった。彼はまだ29歳……多くの命を救ってきた英雄の最期は、何とも報われないものとなった。

2028年1月2日、21時19分。奥田幸人、死亡……

Bad Ending 完
——だが、これは本当の結末ではない
破滅の未来を、彼が本当に変えることができたなら——
奥田幸人が辿り着く、もう一つの結末とは——
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