闇深兄の溺愛 〜甘いデザートには、一滴の毒を〜
***



私たちは絵の具で汚れた顔を、
近くにあった水道で落とした。



少し生ぬるい水。



それでも、熱くなった顔には
ひんやりと冷たさを感じた。




横でごしごしと顔の汚れを落とす碧くん。




蛇口をきゅっと捻って水を止めると、

髪から(したた)(しずく)を落とすように、
前髪を掻き上げて言った。




「ねぇ、せっかくだからこのままちょっと抜け出さない?」

「え……でも、まだ実行委員の作業が——」

「ちょっとだけ。……いい空気、吸いに行こうよ」




言い終える前に、手首がそっと包み込み込まれる。




手首から伝わる碧くんの温もりに負け、
そのまま彼に導かれるようにして後に続いた。


***



連れてこられたのは、授業で時々使う校舎の屋上。



昼前の屋上は誰もいなく、

さっきまでいた地上とは違い、静かで、
風が通り、キャンパスの景色が一望できる。




「……ここ、初めて来た」

「でしょ? 俺の秘密基地」




そう言うと彼は日陰に腰を下ろし、
売店で買ってきたポテチやチョコを広げ始めた。




「美桜ちゃんも、ここ座りなよ」




彼が自分のすぐ横をポンポンと叩き、
それに促されるように隣に座る。




「お菓子買ってたの、ここで食べるためだったんだ?」

「うん。ずっと暑いとこいたから、疲れたでしょ?」




——あ。


その時、彼が「抜け出そう」と言って、
ここに連れてきてくれたのは、

私を気遣ってのことだったと初めて気づく。




「食べよ? 看板、頑張ったから少し休憩」

「……うん」




いつもは颯に徹底的に管理された食事。



お菓子なんてここ最近
ずっと食べてなかった気がする。



久々の”自由”に、
私は迷いながらも手を伸ばした。





(お兄ちゃんがこんなこと知ったら、どんな顔するんだろう)





碧くんが差し出したコーラを飲みながら、

そんなことを考える。




けれど、口の中で弾ける炭酸が




一瞬だけよぎったその罪悪感を
簡単に打ち消していった。






二人だけの『秘密基地』を吹き抜ける、
少しだけ熱を帯びた風が、





私の胸の奥を余計に熱くしていく。





どこまでも高く澄み渡った空は、
秋の気配を感じさせる。





秋晴れのような軽やかで

爽やかな心地よさが、そこにはあった。






私は、主張するように高鳴る
自分の胸の鼓動に、






わざと知らないふりをしていた——。






***

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