`未完の恋、指先で溶かして
マンションの来客用駐車場に軽自動車を止め、車内で高鳴る鼓動を鎮めるように深呼吸を繰り返した。


(律儀にシャワー浴びて、馬鹿みたい……!)


 こんな時間に異性と二人きりになる意味を考えれば、相応の準備が必要だと思った。シャワーを浴び、メイクも一からやり直して、失礼のない身だしなみに整えてはきた。

 だけど、いざとなるともしかしたら相手はそのつもりじゃないのに、自分から誘いに行っているような気がして、激しい羞恥心が込み上げてくる。

 バックミラー越しにマスク姿の自分を見つめ、どこか崩れていないか、前髪のひと房まで入念に確かめる。

 もう一度深く息を吐き出し、画面越しに«着いたよ»とだけ送った。

 静まり返った車内で待っていると、マンションの入り口から地下駐車場へと降りてくる人影が見えた。

 そこにいたのは、先ほどまでの隙のない姿とは違う、ラフな部屋着を纏った佐久間くんだった。固められていた前髪がさらりと額に下りているだけでどこか幼く、可愛らしく見えた。

 佐久間くんは私の姿を見つけると、ふわりと柔らかく微笑んでこちらに近寄ってくる。

 私が車から降りると、彼は私の鞄を自然な動作で受け取り「大丈夫だった?」と静かな声で問いかけてきた。

 知らない佐久間くんの姿や振る舞いに、また緊張が増していく。私はなんとか「うん」とだけ短く答えた。

 そのまま二人でマンション内へと足を踏み入れる。佐久間くんは慣れた手つきでオートロックを解除し、エレベーターで自室のある階へと上がっていく。

 この選択によって彼との関係がどう変わっていくのか。それを考えると、ほんの少しだけ怖かった。
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