`未完の恋、指先で溶かして
戻れない
 玄関を抜けると、ふわりと清潔な芳香剤の香りが鼻をくすぐった。

 フローリングには物が散乱することなく、掃除も行き届いている。

 壁のフックには、明日も袖を通すのであろうシワ一つない仕事用のジャケットがラフに掛けられ、ローテーブルの上にはテレビやエアコンのリモコンが几帳面に揃えて置かれていた。

 小窓の縁にある小さな観葉植物は、少し葉の先が丸まりかけている。
 彼が忙しい合間を縫って、懸命に世話をしている名残のようだった。

 どこに座ればいいかと視線を彷徨わせていると、佐久間くんがグレーのソファを指して「座って」と促し、そのままキッチンへと向かっていった。


「綺麗にしてるね。植物育ててるのとか、意外」


 そう言いながら、落ち着いた色、グレーのソファに深く腰を下ろす。


「小窓の所、何か寂しいなと思って置くようにしてる。大した趣味もないし、植物でも育ててみようかなって。寂しい独り身にはいいよ」

「そんな暇ある? 忙しいでしょ」

「毎日家には帰ってくるんだから、植物の世話する時間くらいあるでしょ」


 そう言って笑う佐久間くん。

 キッチンからグラスの中で氷がぶつかる軽やかな音が聞こえてきた。

 それから氷の入ったグラスと、缶チューハイを何種類か持ってローテーブルに置く。
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