未完の恋、指先で溶かして
 それから数日後。社内のチーム会議では、予想通り森山の案が可決された。

 あとはクライアントへのプレゼンを成功させるだけ。もうすぐ、ひとつのコマーシャルが形になろうとしている。

 その感慨に浸りながら、俺はクリエイティブ局に足を向けた。向かう先はもちろん、森山の元。


「森山、お疲れ様」


 声を掛けると、彼女は振り返り、ふわっと花が咲くような笑みを浮かべた。

 本当に困る。そんな何気ない姿にさえ好きだと反応してしまう、自分の単純な心が。こんな愛らしい笑顔を見せられて、惹かれない男がいるならお目にかかりたい。


「あ、佐久間さん。お疲れ様です!」

「お疲れ。会議、無事に通ってよかったね」

「ありがとうございます。本当に、佐久間さんのおかげです」

「いえいえ」


 俺は背中を押しただけで、何もしていない。それなのに、先輩を立てて「佐久間さんのおかげです」だなんて。

 大学時代の彼女を知っているだけに、社会人らしさ全開の振る舞いを見ると、あの頃の幼い彼女も少しだけ恋しくなる。

 そんな感傷を振り払い、俺はここに来た本題を切り出した。


「そうだ、会議通ったお祝いにご飯でも行かない?」

「え?」


 問いかけると、彼女は軽く目を見開いた。

 二人きりでの食事なんて、同じ部署だった頃以来だ。以前は帰りが遅くなったからと、自然な流れで共にすることもあったが、今回は誘われると思っていなかったのか、分かりやすく驚いている。

 少しだけ笑って「たまには二人でどう?」と重ねると、森山は少し迷う素振りを見せた後、「はい」とはにかんだ。


「よかった、金曜日でもいい?」

「はい、楽しみです」

「うん、俺も」


 その場を後にした瞬間、俺は心の中で小さくガッツポーズを決めた。

 いい大人が全力で浮かれているのは恥ずかしいが、いくつになっても好きな子とのきっかけは、どうしようもなくうれしい。
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