未完の恋、指先で溶かして
* * *


 彼女はそのまま、泣き疲れたのか眠ってしまった。

 先ほどの痛々しい表情が嘘のように、今は無垢な寝顔を見せている。その落差に、思わず苦笑が漏れた。


「俺じゃなきゃ、持ち帰られてるよ。わかってんの?森山」


 語りかけても、彼女はすーすーと規則正しい寝息を立てるだけだ。

 俺を信用しすぎている。俺だって一人の男で、彼女を好きなのだから、隙あらば強引に奪ってしまいたいような非情さも、心のどこかにはある。

 だけど、他の男のために泣き、傷付ききった彼女を抱こうとは、とてもじゃないが思えなかった。

 俺はテーブルの上にある、彼女のスマートフォンに手を伸ばした。犯罪まがいだとは自覚しつつも、彼女の指を借りてロックを解除する。

 連絡先を検索し、呼び出した画面に表示されたのは«真紘くん»の四文字。大学時代の登録名のままなのだと思った。

 そのまま発信し、相手が出るのを待つ。


『はい。佐野です』

「あ、もしもーし?  真紘くん?」

『…何やってるんですか。佐久間さん』

「あれ?  気付いた?  声真似したつもりだったんだけど」


 茶化すように笑うと、受話器の向こうから深い溜息が聞こえてきた。


『なんで森山さんのスマホから…。今、どういう状況ですか』

「いつもの店で一緒に飲みに来たんだけど、森山が潰れちゃってさ」


 きっと、これだけで伝わる。この店には、かつて佐野とも何度も足を運んだから。


『潰れたって…』

「お前が来ないなら、俺がお持ち帰りしようかなって」


 告げた瞬間、電話の奥でガタンと何かが倒れるような音がした。あいつが慌てている。それを想像するだけで、少しだけ気分が晴れるような気がした。
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