未完の恋、指先で溶かして
 それから間もなく、慌てた様子で店に入ってきた佐野に向けて、軽く手を挙げた。

 眠っている森山を見つけた瞬間、あいつの顔から険が取れ、安堵が広がったのを俺は見逃さなかった。

 歩み寄ってくる佐野に、「早かったじゃん」と声を掛ける。


「…まあ、急いだんで。というか、急かしたくせに、早かったじゃんもおかしいでしょ」

「それはそう。お詫びに一杯奢るから飲んで帰れば」


 促すと、佐野は森山の隣に腰を下ろし、店員に「生ひとつ」と注文した。


「何で来た?」

「タクシーです」

「なんでだよ。走って来いよ」

「昔のドラマみたいな展開やめてください。急ぐなら車でしょ」

「つまんねぇ男」

「佐久間さんだって走らなかったくせに」


 そんな軽口を叩き合い、互いにふっと笑う。

 確かに、俺だって走りはしない。もうそんなに若くないし、汗だくで息を切らして迎えに来るなんて柄でもない。だけど、見ている分にはその方が格好いいな、なんて無責任に思う。


「じゃ、先帰るから。会計はしとく」

「え?」


 あまりのあっさりとした引き際に拍子抜けしたのか、佐野が目を丸くした。


「またな。大事にしろよ」


 それだけ言い放ち、俺は振り返らずに店を出た。
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