悪役と一線超えてから転生に気付いたんですがどうしましょう…?
「聖女に転生したら騎士たちの偏愛が止まらないのですが!?」のシナリオは聖女が能力に目覚めるところから始まる。
孤児院育ちのヒロインは聖女としての力に目覚め、王都へ導かれる。
そして、4人のヒーロー候補と恋愛するわけだが、
アルフレッドは全キャラクターのバッドエンディングに関わる悪役だ。
皇太子エドワードルートでは実子である第二皇子を国王に据えたい皇后の指示で第一皇太子の暗殺を。
聖騎士クリストファールートでは同じく第一皇太子暗殺に来たアルフレッドと対決する。
魔法剣士ギルバートルートではヒロインである聖女を暗殺しようとして対決。
王家を支える二大公爵家のうちの一つ、ロックウェル家子息セオドアルートではアルフレッドが皇太子殺害や国家反逆を目論み対決。
逆ハーレムエンドルートでは魔獣と暗殺者集団を利用して国家転覆を目論み国全体を恐怖に陥れた。
という悪役っぷりなのに外見の良さからアルフレッドルートを熱望する意見が多く、追加配信要素としてアルフレッドルートが出た。
課金だし、全エンディング回収後にしかプレイできないという難易度から、前世の私は辿り着けなかったルートだ。
というのも、皇太子エドワードは人間不信からか俺様系で好みに合わず、全く以ってやる気が起きなかったし、派手で女好きなセオドアルートにも一切惹かれなかった。
この世界の住人になった今となっては、グレイソン家と同じように義務を負う家門ではあるものの、ロックウェル家は表舞台を操作する役割の為、王都で頻繁にパーティーを開いて社交界一番の栄華を誇っているのだから尚更鼻につく存在だ。
もとはと言えばCMのキャラ紹介で聖騎士クリストファーが真面目そうで興味を惹かれたからプレイしたわけなのだが、規律規律と融通が効かず、ヒロインを蔑ろにするような描写があったので少々幻滅した。
結局は心配して後から手助けに来るのだが、Mっ気が全くないどころかマイナスまでいっている私からすると最初から来い。と思ってしまうのでイマイチはまらなかった。
意外と好みで全エンディング回収できたのは魔法剣士ギルバートだった。
天然キャラであるが故にコミュ障で孤独を好む。
とされながらもヒロインに対してだけは心を開き、話しかけられれば素直に相談に応じる従順なキャラだったからだ。
ギルバートは薬草や毒草を探して国中を旅しているうちに身を守る手段として我流で魔法と剣を組み合わせて「魔法剣士」という新たな戦い方を生み出した人物とされている。
「問題は、どうやってメインシナリオから遠ざけるかよね。」
目を覚ました私は羊皮紙に各ルートの分岐を書き出しながら唸った。
興味の無いキャラとは相性も悪く好感度が上がらなかった為ハッピーエンディングは全回収できていないが、バッドエンディングは全回収してあったので死因ばかりが並ぶメモを書き連ねている。
追加ルート以外どのルートでも、恐らくハッピーエンドにいくとアルは倒され死んでしまう。
かといって追加ルートを選ばれたりしたらたまったもんじゃない。というのが本音。
絶対奪われたくないので是非ともヒロインには他ルートを行ってもらいたい。
けれどそれには問題があった。
そもそも暗殺者という脅威があるからこそ皇太子は聖女に会いに行く。
皇太子が会いに行ったから聖騎士と魔法剣士がついて行き出会う。
皇太子を守る為に聖女を王都まで連れ帰ったからこそ、ロックウェル子息に出会う。
暗殺者の脅威がなければストーリーは始まりもしないのだ。
ただイケメンとイチャイチャするだけのゲームでは起承転結が作れない。
敵がいなければ盛り上がりに欠ける。というのは制作者もプレイヤーも同意見だろう。
「そりゃぁ、そうなんだよねー…。」
「何が?」
頭上から突然降ってきた返事に心臓が止まるかと思うほど飛び上がった。
「アル!?」
「あ、ごめん。」
あまりの驚き様にアルも驚いた様子で目を丸くしながら謝罪を述べた。
足音も聞こえなかったし全然人の気配を感じなかった。
「お、おはよう!」
「うん、おはよう。」
挨拶しながら紙束をしまう。
「リズ、そのリストは何?」
隠しても遅かった。
アルは一見穏やかな笑みで訊ねたが、目が笑っていない。
「えーと、架空の人物と言うか…」
「ほとんどの名前は僕も知っている人だったんだけど?」
そりゃ帝国の主要人物たちですから、どれだけ社交界と離れていようがご存じですよね。
っていうか、皇后陛下や重臣達から暗殺請負っている以上、彼らの名前を知らないわけがない。
「聖女シャーロット・ルシエルは知らないけど、他は皆実在している人物だよね。」
気付いていなかった間に完全に内容読まれていた。
私が沈黙していると、アルは再び音もなく移動して向かいの席に座り、説明を再度促した。
「特に訊きたいのはギルバート・ウェインのリストの好感度とか『ハッピーエンド』の辺りなんだけど。」
思った以上に長く後ろにいたようだ。
『ハッピーエンド』の単語の音に怒りが込められている気がしてならない。
穏やかに取り繕った笑顔が余計怖い。
「その、物語を書こうかと…。」
「僕と対決するような?」
両手で顔を覆いたくなった。
「まぁ、なんか全部僕が勝っているみたいではあるけど…。」
バッドエンド集で良かった!と心の中でガッツポーズ決めて胸を撫で下ろしたのも束の間。
「けど、ギルバートには負けるんだ?」
唯一の『ハッピーエンド』…!
「ああっ」と濁点が付くほど低い声が反射的に漏れた。
「これは…その…、ギルバートとは全然面識も無いですし、その、」
「面識ないのに呼び捨てなんだね?」
貴族社会のルール…!
親しくない人の名前は基本「様」付け!
あまりに焦って失念してしまった…!
無表情になったアルは言葉をなくして青ざめる私をしばらく眺めていたが、
「ふぅん…。」
と呟くと席を立った。
「朝食を皆でどうかって、両親が。」
「行きます!」
差し出された手に縋り付いて席を立つ。
フッと笑みをこぼしてアルが言った。
「別にリズが浮気してるとか、そういうのを疑ったわけじゃないから大丈夫だよ。」
「浮気は有り得ない!大丈夫!」
食い気味に肯定する私を扉に誘導しながらアルが「うんうん。」と頷いた。
「ギルバートが好みなだけだよね。」
「そうそう!って、あぁ⁉」
慌てても遅かった。
「そっか。」と言ったアルの声は初めて聞くほど冷たく怖かった。
アルがヤンデレ系だと言うのは新規ルート紹介の時に読んだ。
けどそれは闇落ちした場合のキャラ紹介であって、婚約破棄は実際起こったものの、無事に結ばれた今は純朴な青年のままのはず。
「あくまで過去の話だから!今わたくしの一番の推しはアルですから!」
と宣言して、握る手に力を込める。
「おし…?」
「わたくしが愛しているのはアルだけです!他なんていらない!アル一筋です!
あなただけが欲しいの!」
既に照れたように焦っていたアルが最後の一言を聞いた瞬間、ぶわっと一気に真っ赤になった。
散々彼を求める際に言った言葉だから。
「…わかった。」
顔を背けて答えるアルからはさっきまでの不機嫌な雰囲気は無くなっていた。
熱くなった顔を手で扇ぎながら、事も無げに言う。
「…あ、この廊下の左端から3番目までの扉は絶対開けないでね。
侵入者用の罠だから。」
「え、あ、はい。」
可愛い様子を眺めていたのに水を差された気分だったが命に関わるので聞き流せない。
「そこから2つ飛ばして、この扉、あと1つ飛ばしてこの扉。これも開けちゃ駄目。」
(覚えにくい…!)
「で、これが食堂の扉。右端から6番目ね。5番目までは罠だから開けないで。」
(罠多くない!?怖いって!朝食食べるのに命懸け!?)
と顔には出さず心の中でツッコミをいれた。
食堂に入ると既にご両親は着席していた。
最近の出来事だからか、婚約破棄を言い渡す時の両親をふと思い出して少し足が竦んだ。
「おはようございます、お待たせいたしました。」
「私達も今来たところよ、急がなくて大丈夫。」
前世の母に似た少しふっくらとしていておっとりした感じの母親がにこやかに返すと、父親も頷きながら続く。
「うちは少々厄介な造りだから、すぐには慣れず苦労すると思う。」
「少々なんてものじゃないわよね、私も最初戸惑ったわ。
庭のお花も綺麗だけどほとんど毒草だし。」
アルの母マーガレットがなんでもない事のようにおっとりと述べた言葉に「えっ」と驚きの声をあげてしまった。
部屋からも色とりどりの珍しい花が見えていたので後で行く気満々だったとは言えない。
このなかなか日も射さない寒い地域で咲き誇るなんてたくましい花だとは思っていたけれど、毒まで持っていたとは驚きだ。
「それで、本当は昨日聞きたかったのだけど、息子のどういう所を好きになってくれたの?」
私が若干青ざめたからか、元からその話がしたくて仕方なかったのか、マーガレットは恋バナする女子高生の様な気さくさで訊ねた。
「王都の男性は皆割と下世話な話ばかりしていて、好きになれないなと感じていました。
アルは手紙のやり取りだけになってから、どんな感じか正確に把握することは出来なかったんですけど
いつも丁寧な文字で、相談にも乗ってくれて、頼れる人だと感じてたんです。
それに、離れてからずっと、毎月押し花を入れてくれていたんです。」
隣で好きな理由を説明されていたたまれないのか、親に自分が押し花送ってたとか知られたのが恥ずかしいのか、アルは居心地悪そうに俯いたままだ。
「小さい頃に私が花が好きだと言ったのを覚えていてくれて、毎月違う花を贈ってくれました。
北方では入手が困難な物もあって…
いつも次は何の花が入ってるんだろうって凄く楽しみだったんです。」
話しながら自然と笑みがこぼれた。
友人からは安いものね。と言われたけれど、リズにとって彼女たちの自慢するアクセサリーよりずっと価値があった。
お金はそれほどかかっていないのかもしれない。
けれど、使用人に頼めばすぐ手に入る商品とは違う。
摘みに行く手間に加え、水分を抜くのにも時間がかかる。
一度やっただけでは、これほど綺麗なものを毎月途切れず用意するのは難しいはずだ。
きっと、何度も試行錯誤を重ねたのだろう。
アルが自分を想ってくれている時間がずっと愛しかった。
「押し花…そんな事していたのね。」
あらー、と頬に手を当てて息子の意外な行動に驚いた様子のマーガレットだったが、話している最中の私の表情で納得してくれたようだった。
「本当に好きになってくれたのなら良かったわ。
同情からじゃないかって心配だったの。」
それはアルにも言われた。
「同情心だけなら手紙で済んでいました。
私が絶対に手放したくなかったんです。」
きっぱりとした返答に「ああ、よかった!」と夫人は頬を綻ばせた。
「特殊な家だから、先に知っていたなら婚約破棄するのも仕方の無い事だもの。」
ご当主の目の前で言うのもいかがなものか…と耳を疑う発言ではあったが、当主であるローガン・グレイソンは特に気にかけてはいない様子だった。
「マーガレットにも苦労をかけたからな。」
短くそう言って、また食事に戻る。
「そうよー。あ、リズさん、いつ頃子どもが欲しいとかある?」
「ぶっ!」
好きな季節でも尋ねるかのような質問の仕方に私はポカンとして、隣のアルの方が紅茶を噴き出して咽せた。
「げほっ、…ごほ、母上…!」
「あら、だって大事な事よ?
これから剣術や護身術、毒の耐性も身につけていかなきゃいけないんだもの。」
「え。」
毒にまで慣れなきゃいけないの!?と、想像していた最悪の場合を更に斜め上で上回った「花嫁修業」に
カップを取り落しそうになる。
「この家で文字通り生き抜くためには、まずは身を守れるようにならないと、ね?」
「…はい、お母様。」
呆気にとられつつも、アルが申し訳なさそうな表情を浮かべているのに気がついて、その手を握った。
「大丈夫。」
「…っ…、うん。」
二人の様子を見て、マーガレットとローガンは安心した笑みを浮かべていた。
ーーーー
朝食を済ませてから、軽装に着替えてホールに来るよう言われたので、部屋へ戻る。
ドアノブを回して部屋に入ると、既に侍女たちが準備を済ませていた。
この家では誰もベルを鳴らしたり呼びつけて指示を出したりしていないのに、いつもいつの間にか支度が出来ている。
(若干恐怖を感じるよね…。)
慣れた手つきで髪を梳かれながら私は鏡を見た。
長い髪は邪魔にならない様に結い上げてまとめ、身体のラインの出るぴったりとした衣服に着替える。
装飾の少ない、白いパンツとシャツのスタイル。
「訓練では色のついた武器を使いますので、当たった箇所がわかりやすいのです。」
じっと見つめていると侍女の一人がそう教えてくれた。
「訓練」という言葉に本当に変わった家に嫁いだのだな、と思う。
これからも変わった事は続くのだろう。まさかゆくゆくは私も暗殺者になったり?
最悪の予想が甘く、外したばかりなので殊更に怖い想像をしまくって一人百面相している間に髪のセットは終わった。
「今日はアルと遊べそうにないわね…。」
思わず、そんなぼやきが口をついてしまい非難の視線を浴びる事になるかと身構えたが、
侍女たちは微笑ましそうに眺めるだけだった。
「今しばらくの我慢でございますよ。」
と、優しい声音で語り掛けるほどだ。
この人たちが暗殺や諜報をする姿など想像もできない。
まぁそんな想像がついてはいけないのだけれど。
まさか剣術や護身術を教える師範が、あのおっとりとしたお母様、マーガレットだとは予想出来なかった。
孤児院育ちのヒロインは聖女としての力に目覚め、王都へ導かれる。
そして、4人のヒーロー候補と恋愛するわけだが、
アルフレッドは全キャラクターのバッドエンディングに関わる悪役だ。
皇太子エドワードルートでは実子である第二皇子を国王に据えたい皇后の指示で第一皇太子の暗殺を。
聖騎士クリストファールートでは同じく第一皇太子暗殺に来たアルフレッドと対決する。
魔法剣士ギルバートルートではヒロインである聖女を暗殺しようとして対決。
王家を支える二大公爵家のうちの一つ、ロックウェル家子息セオドアルートではアルフレッドが皇太子殺害や国家反逆を目論み対決。
逆ハーレムエンドルートでは魔獣と暗殺者集団を利用して国家転覆を目論み国全体を恐怖に陥れた。
という悪役っぷりなのに外見の良さからアルフレッドルートを熱望する意見が多く、追加配信要素としてアルフレッドルートが出た。
課金だし、全エンディング回収後にしかプレイできないという難易度から、前世の私は辿り着けなかったルートだ。
というのも、皇太子エドワードは人間不信からか俺様系で好みに合わず、全く以ってやる気が起きなかったし、派手で女好きなセオドアルートにも一切惹かれなかった。
この世界の住人になった今となっては、グレイソン家と同じように義務を負う家門ではあるものの、ロックウェル家は表舞台を操作する役割の為、王都で頻繁にパーティーを開いて社交界一番の栄華を誇っているのだから尚更鼻につく存在だ。
もとはと言えばCMのキャラ紹介で聖騎士クリストファーが真面目そうで興味を惹かれたからプレイしたわけなのだが、規律規律と融通が効かず、ヒロインを蔑ろにするような描写があったので少々幻滅した。
結局は心配して後から手助けに来るのだが、Mっ気が全くないどころかマイナスまでいっている私からすると最初から来い。と思ってしまうのでイマイチはまらなかった。
意外と好みで全エンディング回収できたのは魔法剣士ギルバートだった。
天然キャラであるが故にコミュ障で孤独を好む。
とされながらもヒロインに対してだけは心を開き、話しかけられれば素直に相談に応じる従順なキャラだったからだ。
ギルバートは薬草や毒草を探して国中を旅しているうちに身を守る手段として我流で魔法と剣を組み合わせて「魔法剣士」という新たな戦い方を生み出した人物とされている。
「問題は、どうやってメインシナリオから遠ざけるかよね。」
目を覚ました私は羊皮紙に各ルートの分岐を書き出しながら唸った。
興味の無いキャラとは相性も悪く好感度が上がらなかった為ハッピーエンディングは全回収できていないが、バッドエンディングは全回収してあったので死因ばかりが並ぶメモを書き連ねている。
追加ルート以外どのルートでも、恐らくハッピーエンドにいくとアルは倒され死んでしまう。
かといって追加ルートを選ばれたりしたらたまったもんじゃない。というのが本音。
絶対奪われたくないので是非ともヒロインには他ルートを行ってもらいたい。
けれどそれには問題があった。
そもそも暗殺者という脅威があるからこそ皇太子は聖女に会いに行く。
皇太子が会いに行ったから聖騎士と魔法剣士がついて行き出会う。
皇太子を守る為に聖女を王都まで連れ帰ったからこそ、ロックウェル子息に出会う。
暗殺者の脅威がなければストーリーは始まりもしないのだ。
ただイケメンとイチャイチャするだけのゲームでは起承転結が作れない。
敵がいなければ盛り上がりに欠ける。というのは制作者もプレイヤーも同意見だろう。
「そりゃぁ、そうなんだよねー…。」
「何が?」
頭上から突然降ってきた返事に心臓が止まるかと思うほど飛び上がった。
「アル!?」
「あ、ごめん。」
あまりの驚き様にアルも驚いた様子で目を丸くしながら謝罪を述べた。
足音も聞こえなかったし全然人の気配を感じなかった。
「お、おはよう!」
「うん、おはよう。」
挨拶しながら紙束をしまう。
「リズ、そのリストは何?」
隠しても遅かった。
アルは一見穏やかな笑みで訊ねたが、目が笑っていない。
「えーと、架空の人物と言うか…」
「ほとんどの名前は僕も知っている人だったんだけど?」
そりゃ帝国の主要人物たちですから、どれだけ社交界と離れていようがご存じですよね。
っていうか、皇后陛下や重臣達から暗殺請負っている以上、彼らの名前を知らないわけがない。
「聖女シャーロット・ルシエルは知らないけど、他は皆実在している人物だよね。」
気付いていなかった間に完全に内容読まれていた。
私が沈黙していると、アルは再び音もなく移動して向かいの席に座り、説明を再度促した。
「特に訊きたいのはギルバート・ウェインのリストの好感度とか『ハッピーエンド』の辺りなんだけど。」
思った以上に長く後ろにいたようだ。
『ハッピーエンド』の単語の音に怒りが込められている気がしてならない。
穏やかに取り繕った笑顔が余計怖い。
「その、物語を書こうかと…。」
「僕と対決するような?」
両手で顔を覆いたくなった。
「まぁ、なんか全部僕が勝っているみたいではあるけど…。」
バッドエンド集で良かった!と心の中でガッツポーズ決めて胸を撫で下ろしたのも束の間。
「けど、ギルバートには負けるんだ?」
唯一の『ハッピーエンド』…!
「ああっ」と濁点が付くほど低い声が反射的に漏れた。
「これは…その…、ギルバートとは全然面識も無いですし、その、」
「面識ないのに呼び捨てなんだね?」
貴族社会のルール…!
親しくない人の名前は基本「様」付け!
あまりに焦って失念してしまった…!
無表情になったアルは言葉をなくして青ざめる私をしばらく眺めていたが、
「ふぅん…。」
と呟くと席を立った。
「朝食を皆でどうかって、両親が。」
「行きます!」
差し出された手に縋り付いて席を立つ。
フッと笑みをこぼしてアルが言った。
「別にリズが浮気してるとか、そういうのを疑ったわけじゃないから大丈夫だよ。」
「浮気は有り得ない!大丈夫!」
食い気味に肯定する私を扉に誘導しながらアルが「うんうん。」と頷いた。
「ギルバートが好みなだけだよね。」
「そうそう!って、あぁ⁉」
慌てても遅かった。
「そっか。」と言ったアルの声は初めて聞くほど冷たく怖かった。
アルがヤンデレ系だと言うのは新規ルート紹介の時に読んだ。
けどそれは闇落ちした場合のキャラ紹介であって、婚約破棄は実際起こったものの、無事に結ばれた今は純朴な青年のままのはず。
「あくまで過去の話だから!今わたくしの一番の推しはアルですから!」
と宣言して、握る手に力を込める。
「おし…?」
「わたくしが愛しているのはアルだけです!他なんていらない!アル一筋です!
あなただけが欲しいの!」
既に照れたように焦っていたアルが最後の一言を聞いた瞬間、ぶわっと一気に真っ赤になった。
散々彼を求める際に言った言葉だから。
「…わかった。」
顔を背けて答えるアルからはさっきまでの不機嫌な雰囲気は無くなっていた。
熱くなった顔を手で扇ぎながら、事も無げに言う。
「…あ、この廊下の左端から3番目までの扉は絶対開けないでね。
侵入者用の罠だから。」
「え、あ、はい。」
可愛い様子を眺めていたのに水を差された気分だったが命に関わるので聞き流せない。
「そこから2つ飛ばして、この扉、あと1つ飛ばしてこの扉。これも開けちゃ駄目。」
(覚えにくい…!)
「で、これが食堂の扉。右端から6番目ね。5番目までは罠だから開けないで。」
(罠多くない!?怖いって!朝食食べるのに命懸け!?)
と顔には出さず心の中でツッコミをいれた。
食堂に入ると既にご両親は着席していた。
最近の出来事だからか、婚約破棄を言い渡す時の両親をふと思い出して少し足が竦んだ。
「おはようございます、お待たせいたしました。」
「私達も今来たところよ、急がなくて大丈夫。」
前世の母に似た少しふっくらとしていておっとりした感じの母親がにこやかに返すと、父親も頷きながら続く。
「うちは少々厄介な造りだから、すぐには慣れず苦労すると思う。」
「少々なんてものじゃないわよね、私も最初戸惑ったわ。
庭のお花も綺麗だけどほとんど毒草だし。」
アルの母マーガレットがなんでもない事のようにおっとりと述べた言葉に「えっ」と驚きの声をあげてしまった。
部屋からも色とりどりの珍しい花が見えていたので後で行く気満々だったとは言えない。
このなかなか日も射さない寒い地域で咲き誇るなんてたくましい花だとは思っていたけれど、毒まで持っていたとは驚きだ。
「それで、本当は昨日聞きたかったのだけど、息子のどういう所を好きになってくれたの?」
私が若干青ざめたからか、元からその話がしたくて仕方なかったのか、マーガレットは恋バナする女子高生の様な気さくさで訊ねた。
「王都の男性は皆割と下世話な話ばかりしていて、好きになれないなと感じていました。
アルは手紙のやり取りだけになってから、どんな感じか正確に把握することは出来なかったんですけど
いつも丁寧な文字で、相談にも乗ってくれて、頼れる人だと感じてたんです。
それに、離れてからずっと、毎月押し花を入れてくれていたんです。」
隣で好きな理由を説明されていたたまれないのか、親に自分が押し花送ってたとか知られたのが恥ずかしいのか、アルは居心地悪そうに俯いたままだ。
「小さい頃に私が花が好きだと言ったのを覚えていてくれて、毎月違う花を贈ってくれました。
北方では入手が困難な物もあって…
いつも次は何の花が入ってるんだろうって凄く楽しみだったんです。」
話しながら自然と笑みがこぼれた。
友人からは安いものね。と言われたけれど、リズにとって彼女たちの自慢するアクセサリーよりずっと価値があった。
お金はそれほどかかっていないのかもしれない。
けれど、使用人に頼めばすぐ手に入る商品とは違う。
摘みに行く手間に加え、水分を抜くのにも時間がかかる。
一度やっただけでは、これほど綺麗なものを毎月途切れず用意するのは難しいはずだ。
きっと、何度も試行錯誤を重ねたのだろう。
アルが自分を想ってくれている時間がずっと愛しかった。
「押し花…そんな事していたのね。」
あらー、と頬に手を当てて息子の意外な行動に驚いた様子のマーガレットだったが、話している最中の私の表情で納得してくれたようだった。
「本当に好きになってくれたのなら良かったわ。
同情からじゃないかって心配だったの。」
それはアルにも言われた。
「同情心だけなら手紙で済んでいました。
私が絶対に手放したくなかったんです。」
きっぱりとした返答に「ああ、よかった!」と夫人は頬を綻ばせた。
「特殊な家だから、先に知っていたなら婚約破棄するのも仕方の無い事だもの。」
ご当主の目の前で言うのもいかがなものか…と耳を疑う発言ではあったが、当主であるローガン・グレイソンは特に気にかけてはいない様子だった。
「マーガレットにも苦労をかけたからな。」
短くそう言って、また食事に戻る。
「そうよー。あ、リズさん、いつ頃子どもが欲しいとかある?」
「ぶっ!」
好きな季節でも尋ねるかのような質問の仕方に私はポカンとして、隣のアルの方が紅茶を噴き出して咽せた。
「げほっ、…ごほ、母上…!」
「あら、だって大事な事よ?
これから剣術や護身術、毒の耐性も身につけていかなきゃいけないんだもの。」
「え。」
毒にまで慣れなきゃいけないの!?と、想像していた最悪の場合を更に斜め上で上回った「花嫁修業」に
カップを取り落しそうになる。
「この家で文字通り生き抜くためには、まずは身を守れるようにならないと、ね?」
「…はい、お母様。」
呆気にとられつつも、アルが申し訳なさそうな表情を浮かべているのに気がついて、その手を握った。
「大丈夫。」
「…っ…、うん。」
二人の様子を見て、マーガレットとローガンは安心した笑みを浮かべていた。
ーーーー
朝食を済ませてから、軽装に着替えてホールに来るよう言われたので、部屋へ戻る。
ドアノブを回して部屋に入ると、既に侍女たちが準備を済ませていた。
この家では誰もベルを鳴らしたり呼びつけて指示を出したりしていないのに、いつもいつの間にか支度が出来ている。
(若干恐怖を感じるよね…。)
慣れた手つきで髪を梳かれながら私は鏡を見た。
長い髪は邪魔にならない様に結い上げてまとめ、身体のラインの出るぴったりとした衣服に着替える。
装飾の少ない、白いパンツとシャツのスタイル。
「訓練では色のついた武器を使いますので、当たった箇所がわかりやすいのです。」
じっと見つめていると侍女の一人がそう教えてくれた。
「訓練」という言葉に本当に変わった家に嫁いだのだな、と思う。
これからも変わった事は続くのだろう。まさかゆくゆくは私も暗殺者になったり?
最悪の予想が甘く、外したばかりなので殊更に怖い想像をしまくって一人百面相している間に髪のセットは終わった。
「今日はアルと遊べそうにないわね…。」
思わず、そんなぼやきが口をついてしまい非難の視線を浴びる事になるかと身構えたが、
侍女たちは微笑ましそうに眺めるだけだった。
「今しばらくの我慢でございますよ。」
と、優しい声音で語り掛けるほどだ。
この人たちが暗殺や諜報をする姿など想像もできない。
まぁそんな想像がついてはいけないのだけれど。
まさか剣術や護身術を教える師範が、あのおっとりとしたお母様、マーガレットだとは予想出来なかった。