アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~
* * *
蓮が帰った夜、屋敷はふだんと変わらず静かだった。
紬希はリビングのソファで小説を読んでいる。学生時代からファンだったヒストリカル作家が数年ぶりに新作を出したのだ。読むのがもったいないと思いながら、味わうように物語世界に浸っていた。
奏はまだ書斎にいるはずだった。それなのにどこからか足音が近づいてくる。
奏だ。先ほど同様、不貞腐れた表情をしている。
彼は紬希が座る向かいのソファに腰を下ろして、黙って本をひらいた。
二人で同じ空間にいる。それだけで、なぜか落ち着く。
――そういえば、いつからこうなったんだろう。
ページを繰りながら、紬希は思う。
ヨーロッパに行く前は、こんな夜はなかった。
奏はいつも書斎にいて、紬希はいつも自室にいた。
それが今は……。