アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~

 直接胸に届く感じがする。
 ヨーロッパで感じた「温かさ」が、ここではさらに身近なものへと変わっていた。
 ショパンやリストなどのロマン派を得意とする彼の楽曲が流れるなか、紬希は息を殺してただ聴いていく。
 今回の選曲には独創的な音楽性を持つ作曲家ラヴェルの“水の戯れ”が入っていた。避暑地軽井沢で耳にすると、目の前に清涼な滝が現れたかのような錯覚を抱く。奏の表現力は目に見えないものをその場に引きずりだすような魅力がある。音で温度や感情、距離までをも自在に操る彼の演奏を前にして、紬希はその場で凍りついていた。

 ――すごい。

 演奏が終わり、割れんばかりの拍手が起きる。彼はそそくさと舞台袖に引き上げてきて、紬希が座る椅子の前に駆け込んできた。
 真っ先に舞台を見ていた自分を探しに来た奏が息を切らせながら紬希だけに声をかける。

「……どうだった」
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