アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~
洗面台の大きな鏡の前に座らされた紬希は、奏の手で髪をセットされていく。自分よりも器用なのではないかと思えるほどの繊細な指遣いと、丁寧なブラッシングを見せつけられ、なぜか敗北感を抱いてしまった。
「器用ですね」
「ピアニストだから」
理由にならない理由を口にして、奏は紬希の乱れていた髪を素早く直してしまった。自分ひとりだけだったら準備に手こずってここまで早く仕上げられたとは思えない。化粧ポーチから蝶々の飾りがついたヘアゴムを取り出し、ひとつに束ねた奏は、満足そうに声をあげた。
「できた。朝食行くぞ」
「あ、ありがとうございます……」
満足そうに鏡の向こうを見つめる奏を見て、なぜだか恥ずかしい気持ちになる。髪を直してもらっただけなのに。
ホテルの食堂には朝食バイキングがずらりと並んでいた。焼きたてのクロワッサンにベーコンエッグ、地元の採れたて野菜で作られた新鮮なサラダにチーズケーキをはじめとしたブルーベリースイーツ……さきほどまでの恥ずかしい気持ちも霧散し、美味しそうな朝食を前に紬希はすっかり笑顔になっていた。