アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~
奏でられた音は、闇に溶け込んでいくかのように儚く消えていった。
――それでも。認めたくない。
愛を信じると、また傷つくかもしれない。
信じた相手に、裏切られるかもしれない。
怖気づく自分を叱咤するように、奏は鍵盤から手を離す。
――彼女は俺の音を聴いて、理解している。
いまはそれだけで十分だと、立ち上がる。
廊下を歩いた先、紬希の部屋の前で、立ち止まる。
扉の向こうは、静かだ。眠っているのだろう。
――契約は、あと半年だ……。
そう思った瞬間、胸の奥に、鈍い痛みが走ったが、その痛みに名前をつけようとは思わなかった。
ただ、しばらくの間、扉の前に立ち尽くしている――……。