アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~
* * *
その日から、屋敷の空気が一変した。
仕事関係者内外からの奏宛への電話が増えた。マネージャーや財団関係者との打ち合わせが朝も夜も続いている。食事の時間も削られ、深夜に帰宅することが増えた。
紬希はそのすべてを、遠くから見ることしかできずにいる。
――わたしのせい?
手を繋いで浮かれて歩いていたのは自分だ。あのとき、断ればよかった。距離を保っていればよかった。
奏は何も言わない。紬希にはいつも通りに接してくれている。その甘さが申し訳なく感じてしまう。
彼の目の下に疲労の色が濃くなっているのは否めない。誰が見ても疲弊しているのは明らかだった。
ある夜、奏が電話で話しているのが紬希の耳に届く。
「……スポンサー側が動揺しているのは分かっている。だが、これは私の問題だ」
――『私の問題』、って……本当は、わたしの問題じゃないの?
低く、押し殺した声を耳にした紬希は、廊下で立ち尽くす。
スポンサーと財閥側が用意した契約妻は、あくまで内部での添え物でしかない。いまになって理解する。ふたりの関係は契約が終わるまで閉じたままにしておかなくてはいけなかったのだ――……。