アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~
――紬希は、自分を責めていた。
あの顔を、見たくないのだ。
申し訳なさそうに、小さくなっていくあの顔を。
――俺が悪いのに。
手を繋いで堂々と街中を歩いたのは、自分だ。
軽井沢のホテルで、契約の外に踏み出したのも、自分だ。
紬希が望んだから、のヒトコトで済む問題ではない。
あのとき、本来ならば、止まることだってできたはずだった。
それなのに――彼女の言質を利用したのは自分だ。
――やめられなかった。
奏は、そっと拳を握った。
感情を信じることをやめたはずだったのに、感情が勝ってしまった。
合理的に考えれば、傷つかずに済むと学習していた奏があのとき紬希を突き放せなかったのは同じことを自分も求めていたからだ。
それが契約の外にあったと理解していても、もっと深いところへともに進みたいと、理性が弾けてしまった。
――紬希。
廊下の気配は消えている。軽井沢で何度、彼女の名を口にしただろう。初めて過ごしたあの甘い夜の代償が、これだというのか。
奏は、その想いを、静かに飲み込んだ。