アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~
「ご存じですか?」
「知ってるも何も、ピアノを職業にしている人間なら一度はお世話になるんじゃない?」
「ピアノを知っている人なら、ですよ」

 ピアノを知らない人間からすれば、趣味に興じて商売している中小企業でしかないのだ。それゆえ父は母との結婚を反対され、駆け落ち同然で上京したのだ。紬希が生まれたのはMINASEが東京へ会社を移し、新たな事業を起ち上げた頃のことである。だが、その後しばらくしてから父の病気が発症し、闘病する際に生活が厳しくなった結果、会社は吸収され、父も亡くなった。
 奏は知っているだろうが、紬希に過去のことを掘り返すことはしなかった。すでに海外資本の楽器メーカーに買収され、父の会社は跡形もなくなってしまったが、国内の一部の音楽関係者はMINASEが取り扱う楽器をいまも大事にしてくれている。知名度はイマイチだが、知る人ぞ知るメーカーだったのは事実だ。

「あぁ、そういうこと……それで、多賀宮家があなたの窮地を救うために結婚の契約を持ち出したのね」
「まあ、そんな感じです」
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