アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~
駆け落ち同然で東京に出てきた両親のもとで愛されて育った紬希は、父の死後、孫が社会人になるまではと金沢の資産家である母方の実家が養育費の援助をしてくれた。だが、今度は雅希が父と同じ病気に倒れてしまう――治療のために必要な資金までは出せないと、祖母から提案されたのが『一年間、とある芸術家のお飾りの妻になる』という契約だった。
「金沢か……」
「なにか?」
「ううん。多賀宮財団のコネクションは膨大だから――そのなかから貴女に白羽の矢が立ったのは、悪くなかったのかもしれないわ」
「え」
「変わったもの――あの偏屈」
彼女は奏が紬希と契約したことで変わったと、マンゴーのシャーベットを口にしながらぼそりと呟く。
紬希はすでにケーキの味など感じられなくなっていたが、伊織のその言葉に、なぜか少しだけ救われた気がするのだった。