アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~
* * *
――もう一度、会いたい。
理由のない衝動は、数日経っても奏のなかから消えることがなかった。
だが、それが叶うことはないと、どこかで諦めてもいた。
あの夜の女は、名前も知らないただの観客のひとり。
再び交わることなど、あるはずもない。
……そう理解しているのに、なぜか演奏中にあの目が脳裏をよぎる。
音を追っていた静かな双眸。
評価でも賞賛でもなく、ただ音そのものを聴いていた――あの琥珀色の瞳が離れない。
いつからか、鍵盤に向かう都度、自問するようになっていた。
彼女なら、今日の音をどう聴くだろう、と。
――くだらない。
奏は思考を断ち切るように、コーヒーカップをソーサーに置く。
陶器同士がふれあうガチャン、という不機嫌そうな音が自身の苛立ちを代弁しているかのようだった。
「……多賀宮様、本日のご予定ですが」