アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~
奏が、低く制した。
「帰れ」
撫子は小さく微笑んで、「失礼しました」と一礼する。
そのまま玄関へ向かいながら、紬希にだけ聞こえるように嘯いた。
「……奏さんは、昔から自分の気持ちを言葉にできない人なの。あなたが傷つくだ、け、よ」
そして扉が閉まり、その場に静寂が戻る。
撫子の車が、門の外に消えた。奏は、廊下に立ったまま、動かない。
それを見て、紬希はおそるおそる声をかける。
「奏さん」
「紬希」
奏が、うんざりとした表情で振り返る。
「気にするな。あれは——」
「大丈夫です」
紬希は、笑って誤魔化す……笑えた、と思う。
「病院、行ってきますね」
そう言って、玄関へ向かう。これ以上ここにいたら、奏を困らせてしまうと思ったから。