アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~

 ――撫子の言う通りだ。気持ちを言葉にすることが、できない。

 紬希の存在はあの夜のコンサートのときから気になっていた。
 面談の場で目が合った瞬間から、引っかかっていた。
 ヨーロッパで、軽井沢で、距離が縮まるたびに――何かを言おうとして、言えなかった。
 怖気づいてたからだ。言葉にした瞬間に、すべてが変わってしまう気がして。

 ――俺は臆病だ。

 奏は、静かに息を吐く。
 だが、一つだけ撫子が間違っていることがある。
 紬希は、奏を言葉だけで判断しない。彼女は、奏の音を聴いて、理解してくれる。
 名前でも、財団でも、多賀宮の家でもなく――ただ、音を。
 だから彼女が傷つくことはない。それでも奏は傷つけたくないと痛感する。
 それなのに奏は、この気持ちに名前をつけることすらできずにいる。認めたら、すべてが変わってしまう。そんな気がして。
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