アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~
奏の眉が一瞬だけ寄る。聞き分けのない子どもを案じるような彼の視線とその言葉が、紬希の胸に刺さる。
――契約の条件。
そうだ。これは契約だ。
奏が気にかけてくれるのも、優しくしてくれるのも、全部契約の範囲内だ。
「……ありがとうございます。でも、大丈夫です」
「なぜ意地を張る」
「意地じゃないです」
紬希は、奏を見た。
「奏さんには、十分すぎるくらいしていただきました。これ以上……」
「これ以上、とはどういう意味だ?」
怪訝そうな表情の奏が、わずかに声色を低くする。
「紬希」
「……おやすみなさいっ」
紬希は、深く頭を下げて、逃げるように部屋を出た。
廊下を歩きながら、唇を噛む。
――泣くものか。
泣いたら、もう止まれない気がして。