アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~

   * * *


 奏は、途方に暮れた表情で屋敷の中を歩いた。
 リビング。ダイニング。廊下……どこに行っても、紬希の気配が残っている。
 それなのに、紬希はいない。
 キッチンを覗くと、料理人が一人で昼食の準備をしていた。
 以前は紬希が手伝いを申し出て、料理人に「奥様、それはよろしいですよ」と笑われていたものだ。

 ――そういえば彼女は、不器用なりに何かをしようと一生懸命だった。

 屋敷の勝手が分からないまま、佐伯に教えてもらいながら、コートを受け取り、食器を片付け、季節の花を活けていた。庭に植えられたハーブやイチジク、ラズベリーなどの果実を使ってパウンドケーキやクッキーを焼いていることもあった。奏がいてもいなくても、屋敷は彼女がいるだけで明るく、活気に満ちていた。
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