アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~
奏は、その植物に近づいた。梅雨入り前の雨の日に、紬希を迎えに行った際に花屋で買った紫陽花の鉢植えだ。
すでに花の季節は終わり、葉も落ち休眠期に入っているため遠目に見ると枯れ木のように見える。だが、剪定と追肥、水やりをしないと枯れてしまい、来年の花を咲かせてくれない。紬希はひとりで翌年も花が咲くよう世話をしていた。
六月の花盛りには白い手毬のような花を咲かせており、佐伯がドライフラワーにしたものはいまもリビングに飾られている。
――花言葉は”ひたむきな愛情”だったか。彼女らしい。
だが、土の性質によって花色を変える紫陽花には”移り気”というネガティブな花言葉もある。紬希にかぎってそのようなことはないと思いたいが、花のついていない鉢植えを見ていると、自分が見捨てられてしまったかのような錯覚に陥ってしまう。
――そうか……俺が、水をやらなければ、枯れるのか。
当たり前のことを、今更気づく。
奏は、鉢植えを手に取った。
軽い――紬希に買ってあげたときの、白い花がたくさんついていた紫陽花が、いまはこんなにも軽い。
そのことが、なぜだか今はとても重たく感じられた。