アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~
――俺は紬希に聴かせたいのに。
その衝動だけが、残っている。
それ以外の誰かに届ける気に、なれないから、こんな演奏になってしまったのだ。
――おかしい。
奏は、瞳を閉じる。それは年明けのコンサートのときのような、物足りなさに近かった。
あの夜も、演奏後に何かが足りないと感じていた。
けれど、客席に残っていた紬希と言葉を交わしたことで……何かがパズルのピースのようにカチリと嵌ったのだ。
いま思えばあれが始まりだったのだろう。ずっと気づかないふりをしていた。
気づいてしまったら、何もかもが変わると思っていたから。
――それなのに、もう変わっていたのか……。
すでに、変わっていたのだ。