アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~
「紬希さんのことよ」
奏はぎくりと身体をこわばらせる。
「彼女に会ったの。例のアフタヌーンティーのとき」
「……知っている」
「あなたは知らないことがあるわ」
伊織は、静かに続けた。
「あのとき、あたしは彼女に圧をかけた。『あなたが身を引けば解決する問題もある』って」
奏の眉が、わずかに寄る。
「彼女、何も言い返さなかった。ただ、『考えます』って。それだけ」
「……」
「でもね、奏さん」
伊織は、厳しい表情をしている奏を真っすぐに見つめていた。
「あのとき彼女の目を見て、分かったの。彼女が考えていたのは自分のことじゃない。あなたのことだった」
思いがけない言葉に奏は黙り込む。沈黙する奏に、伊織は更に続ける。
「スポンサーの件で動いたのも、自分が助かりたかったからじゃない。あなたの音楽を守りたかったから。あたしには、そう見えた」
奏は、何も言えなかった。
「変わったわね、偏屈な奏くん」
伊織が、くすりと小さく笑った。